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「……で、これが本部からの書類。あとこっちが今の所確定なスケジュール」 「はあーい」 「あとはいつも通り適当に撮影突っ込んでくから都合悪い日教えて」 「無ーい。でもドタキャンはするー。あと気分乗らないのもキャンセルー」 「……」  差し出した書類には見向きもせずにポーチを漁るアヤにため息を吐いた。  だが追及などはせずいつも通りパソコンを開いて、リストの中から出来るだけ顔の良い男優と、出来るだけアヤ好みのシチュエーションの仕事を選んでいく。 「“話題のイケメン新人男優、椿タクヤ”」 「あーそいつ駄目。サンプル一本見たけどマジ短小」 「え、嘘。この体型で?」 「顔もガタイも良い癖にちんこ小さいとかマジ有り得なーい」 「残念。良いお相手だと思ったのに。てかアヤ、その爪やめなさい」  パールピンクの派手なマニキュアをせっせと塗るアヤに、除光液を渡しながら答える。  案の定キャンキャン吠えられたけど。 「はあっ!? スカルプもジェルも駄目なのにマニキュアまで禁止にすんの!? 意味わかんない!」 「いやこっちが意味わかんないよ。さっき渡した書類読んでないの?」 「両手塞がってるから読めなーいっ。ぶっぶー」  このクソガキ。  にこにことこちらを煽るように両手を振りながらマニキュアを乾かすアヤ。若干の殺意を覚えながら、本部からの書類を読み上げる。 「お客様からのご意見ご要望アヤ編。“エロカワ最高!”“アヤ様一生ついていきます”“アヤが一番可愛い。アヤが一番抜ける”“出演作全て購入させていただきました”」 「わーいうれしいーっ。みんな大好きーっ」  口ではそんなふうに喜んでいるが、実際はどうでもよさそうにせっせと煌びやかな爪に仕上げを施す。  アヤのモットーは、最高のイケメンとの最高のセックス。  それに関係ない物には一切興味も持たないし、毎日のように送られてくる大量のファンレターも読まずにゴミ箱行き。  それでも人気を落とさずに、5年間No.1で居続けているんだから何も言わず放置していたが。  でも、今回は別だ。 「“あのシチュにアヤちゃんはちょっと……”“とにかく場違い”“なんでゲイビに女が出てんだよ”」 「……」 「“アヤいらね”“騙された気分です”“ニューハーフ物だと分かるような記載をしてほしい”あとは……」 「うるさあぁぁい!」 「ちょ、痛い痛い」  腹目掛けて思いっきり投げつけられた化粧ポーチが、ガチャガチャと鈍い音を立てながら床に落ちる。 「アヤはRの女装っ子キャラなの! 男の娘! わかる!?」 「分かってるって。でも女装の域越えてんだよお前。もうニューハーフキャラで行けって……」 「はあっ!? アヤは女になりたい訳じゃない!」 「でも見た目女にしか見えねぇし。客だってそう思ってるよ」  床から拾い上げたポーチと一緒に、苦情で埋まった“客の声”と、もう一枚。数字が並ぶ書類を手渡せば、冷たい瞳がその紙の上を滑る。 「……何?」 「先月の売り上げ。本来男優には見せられないもんだから口外禁止ね」 「売り上げって、アヤ先月もNo.1だったから関係な……、えっ、」  しばらくぼんやりとそれを眺めていたアヤは、ようやく何かに気付いて顔を上げる。 「これ……弥生くんの数字って……」 「そう。弥生がまた売り上げ2位。しかもお前と僅差でね」  Rの創立以来、2位以下と大差を付けて常に売り上げ1位の成果を出してきていたアヤに、とうとう他の男優が追いついた。  しかも新人の弥生が。 「仕事選ぶお前と違って弥生は何でも引き受けるから評判も良いし、新人だからギャラもまだ低い。使いやすいって事で仕事バンバン入ってきてるらしいよ」 「……」 「それに数字見たら分かると思うけど、お前の売り上げがかなり落ちてる」 「アヤのファンが、弥生くんに流れたってこと?」 「そう。それも大量に」  藍色のカラコンが入ったガラス玉のような冷たい瞳を見ながらそう答える。  だがその視線が交わる事は無く、しばらくぼんやりと書類を見つめた後、ポーチだけを受け取って席を立つ。 「アヤ?」 「今からイケメン君とデートなの。明日の撮影までには帰ってくるよ」 「……」  ひらひらと手を振って去っていく背中。  引き止める事も出来ずに、また小さくため息を吐いた。

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