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「広瀬さんこんにちは。三週間ぶりですが状態はどうですか? 何か変化はありましたか?」  扉を開けて椅子に座ると、機械のように淡々とかけられるいつもの言葉。  カルテを見つめたままこちらを見向きもしない医者と、その後ろで次の患者のカルテを持って待機している看護師。  いつも多くの患者でごった返しているこの病院は一時間の待ち時間の後にたった二、三分で強制的に終わらせられる診察。お世辞にも良い病院とは言えない。  まあ精神科なんてどこもそんなもんだけど。イかれた患者達のイかれた話を親身になって何時間も聞いてたら、自分達までイかれちゃうもんね。 「広瀬さん?」 「……」  俯いたまま何も言わないアヤに、医者がようやくカルテから顔を上げる。  さて、どうしよう。ある程度はさっきの病院で補充出来た。あとはもう少し抗不安薬も増やしたい。幻聴系で行くか。  ぎゅっと握りしめた拳にぽたりと涙を落としてから、くしゃくしゃの顔で口を開いた。 「っ、声、頭の中で……声が、するんです……」 「どんな声ですか?」 「みんなが、僕のこと、死ねって……!」 「どんな時に聞こえますか?」 「ずっとです! ずっとずっとずっと! いつも死ねって! 死ね死ね死ねって、嫌なのに! 聞きたくない! 死にたくない!!」 「広瀬さん、落ち着いて。わかりました」  泣き叫ぶアヤを看護師がなだめる。  医者はカルテに何かを書き込みながら、パソコンを操作し始める。  アヤのすすり泣く声と、医者がキーボードを叩く音しかしない、静かな室内。待合室で患者が意味の分からない言葉を叫ぶ声が聞こえてくる。 「それでは……薬少し増やしておきますね。それと頓服の薬を出しておくので、今みたいにパニックになったりした時は……」  あれ? ラッキー。強めの頓服まで出ちゃった。アヤってば演技ちょーうまーいっ。 「ひっく、う……ありがと、ございました……」 「お大事に」  看護師に支えられて病室を出ると、未だに何かを叫び続ける患者と目が合った。  耳障りなんだよキチガイが。  ……ああ、アヤも同類か。 「もしもしー? 佐伯さんどしたのー?」 『今どこ? 撮影間に合うだろうな?』  出た。毎度おなじみの撮影前連絡。  まあ今日はバックレる気さらさら無いからうざくもなんともないけどっ。 「そんな心配しなくても今日はドタキャンしないでちゃんと行きますーっ。今もう家に居るし」 「家ってホテル? あれ、てっきり男の所に泊まってんのかと」 「男……? ああ、昨日のイケメン君のデートね。あれ気乗りしなかったから中止したんだ~」  ガサガサとバッグを漁り、昨日三カ所の病院をハシゴして集めてきた大量の薬を取り出す。  ある程度の量をピンクのポーチへ補充。残りはひとつひとつ種類ごとに分けて、ベッドサイドの小さな棚にしまっておく。 「へー珍しい。こっちとしては有り難いけど。じゃあ撮影遅れんなよ」 「あっ、佐伯さん待って!」 「んー?」  電話を切ろうとするのを引き止め、バレないように深呼吸。それでも耳鳴りがしてきたから、ポーチに入れたばかりの一粒をこっそり飲み込んで。 「撮影って夜からだよね? シチュとか男優の変更ってまだ間に合う?」 「は……? あのさあ、お前昨日の話忘れた訳? もうイケメンが良いとか甘々が良いとかわがまま言える状況じゃ……」 「レイプ物に変更して」 「……え……?」 「相手はブサイクでも良いよ。てかブサイクの方がいいよね。ついでにこの髪もズタズタに切っていいから。陵辱演出ってやつ?」  アヤはNo.1であり続けなきゃ価値が無い。この場所を守るためならなんだって出来る。 「アヤを、ボロボロにして」  大丈夫。これがあれば、アヤは“アヤ”でいられるんだから。  パンパンになったピンクのポーチ。胸に当てて、ぎゅっと抱きしめた。

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