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第1話 地球最後の日
「お疲れ様です。今日の業務報告をさせてください」
「あー、マコちゃんお疲れ様。さすがに今日は誰も出社しないと思ったのに、君は律儀に最後までいたんだ」
壁の時計は午後7時を指していた。会議室のテレビでゲームをしていた上司は、タブレット端末を手にやってくる部下と向き合う。
上司は空町 史郎 40歳、ゲーム業界のヒットメーカー。部下の“マコちゃん”は彼に憧れて入社した29歳。今回初めてプロデューサーという立場で開発を指揮していた。
「今日は引き続きデバッグを進めていました。ナンバー1038から1067までを確認して、解決が27件、未解決が2件。それから……」
ここ数日は出社しなくなったデバッグ班に代わり、プロデューサーのマコちゃん自らゲームのデバッグをしている。
「全体の進捗率は?」
空町さんが、立ったまま報告するマコちゃんを見上げた。
「進捗は95パーってところですかね。当初のリリース日には間に合う見込みです」
「まさか、リリース日前に世界が滅んでしまうなんてね……」
ガラス張りの会議室からは、ビルの外が見える。今日は地球最後の日。東京の夜景を彩る明かりは心なしか少なかった。それでもどこのビルにもひとつふたつは明かりが灯っているし、道には車が走っている。電気も水道もインターネットも、当然のように使えていた。この街はまだまだ命を持っていた。
「リリース、楽しみにしてたのにな……」
空町さんがゲーム画面に目を戻した。
「僕も空町さんに、これの完成版を見ていただきたかったです」
マコちゃんがこぼす。
「でも僕の頭の中では、もう君の作った完成版が動いてるよ」
「……? じゃあ、楽しみにしてたっていうのは」
「それは、君の喜ぶ顔が見たかっただけ」
ゲーム画面の光を映していた上司の顔がこっちを向き、部下を捉えた。その瞳には慈しむような優しさが見て取れる。
部下もまた想いを込めて上司を見つめ返した。
「ごめんね。君の企画したゲーム、完成させてあげられなくて」
「いえ。僕は空町さんと一緒にここまでやってこられて、十分満足しています」
「だったら地球最後の日くらい仕事を休んで、好きに過ごせばよかったのに」
「それは空町さんのことですよ。僕はちゃんと好きな場所で、好きな人と過ごしました」
部下は胸に抱えていたタブレット端末を握り直す。最後に告白できたことは、よかったと言えるのか。それとも穏やかに最後を受け入れている上司の心に、余計な波紋を立たせてしまっただけなのか。
空町さんは首の後ろに手をやって、小さく笑っている。
「だったらこれ、ハッピーエンドなのかな?」
「……?」
「僕も最後の日までの数年間、ずっと好きな子と一緒にやってこられたから」
地球最後の日。残り時間はあと数時間。まだ胸の鼓動が生きている。
「あの、隣に座っていいですか?」
部下のその声と、上司が「ここにおいで」とソファを叩いた音が重なった。
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