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第2話 地球最後の日、その後
気がつくと、ガラス張りの会議室を朝日が照らしていた。
「ふぁ……、まぶし!」
ソファで目覚めたマコちゃんは、思わず眉間にしわを寄せる。
のどが渇いていた。それから体中が痛くて、自分は裸で……。
「えーと……?」
背中の上を何かが滑り、ぱさりと床に落ちた。
昨日空町さんが着ていた紺色のジャケットだった。それを見た途端、数時間前の記憶がマコちゃんの脳裏によみがえる。
(そうだ、ぼく……!)
地球最後の日。他に誰もいない会社で二人は、思いの丈をぶつけ合ったのだった。あまりに生々しい記憶にマコちゃんは身震いする。
(地球、終わってない? 僕は生きてる!? どうすればいいんだ!?)
一人で混乱していると、コーヒーカップをふたつ持った空町さんがゆっくりと会議室に戻ってきた。
「おはよマコちゃん」
「……っ、おはよ……ございます……」
「隕石、逸れたらしい」
「隕石……」
昨日のうちに巨大隕石が地球に衝突し、世界は終わる予定だった。隕石の軌道の予測が間違っていたのか、それとも自分たちの知らないところでヒーローが活躍してくれたのか。
理由は分からないけれど、相変わらず地球は回っていて、世界が続いていることは間違いなさそうだった。
(どうしよう……空町さんと目が合わせられない……)
ジャケットで体を隠すマコちゃんを見ないようにして、空町さんがカップのひとつを置く。
「マコちゃん、いつもミルクたっぷりめだよね?」
「あ、ありがとうございます……」
たっぷりめというか、カップの中の液体はほぼミルクの色をしていた。
「それ飲んで落ち着いたら、そろそろ服着た方がいいかも。もうすぐみんなが出社してくる時間だから」
そう言う空町さんは、しわになった服をそのまま着ていた。
髪には寝癖がついている。
(どうしよう、この人が愛おしすぎる……)
マコちゃんは胸のうずきを覚えながら、ほぼミルクのカップに手を伸ばした。
「これからどうしよっか」
隣でコーヒーをすすりながら、空町さんが切り出す。
「これから……。ゲームのリリースですか?」
「そっちじゃなくて、僕たちのこと」
「ああ……」
目を合わせずにいた彼が、意を決したようにこっちを向いた。
「結婚する?」
「ケッコン!?」
この上司は何を言いだすのか。
「僕はこのまま平気な顔で、マコちゃんと上司と部下の関係に戻れる気がしない。目が合ったら好きだって言いたくなるし、なんなら名前を聞いただけでソワソワする自信がある。絶対に顔に出る」
「それは僕だって……!」
こっちはまだ素肌にジャケット一枚だっていうのに、顔も体も熱くなってしまった。
見つめ合い、空町さんが困り果てたように息をつく。
「やっぱり、このままっていうわけにはいかないよ」
「でも空町さん……、とりあえず、日本ではまだ同性婚ができません」
「え……そうなの?」
「そうなの? って……」
こういう人だった。空町史郎はゲームの天才だけれども、めちゃくちゃマイペースで、ところどころ一般常識が抜けている。
「大丈夫です、僕がなんとかします」
マコちゃんが胸を叩いた。
それから困り果てている彼の鼻先にキスをして、床に散らばっている服を集める。
「リリースまでは今の体制でなんとか。そのあとのことはまた考えましょう。どうせそこで次のゲームの開発に向け、体制を変えなきゃならないし」
シャツのボタンを留めながら、だんだんと頭がクリアになっていく。
「マコちゃん、頼もしくなったよな」
空町さんが笑った。
「なんですかそれ……」
好きな人に褒められるのは嬉しいけれど恥ずかしい。
「僕なんかより、長年プロデューサーやってきたみたいな顔してる」
「……ああ……」
それはたぶん、二人の関係が変わったからだろう。好きな人に想いを告げ、愛されて自信がついた。世界の終わりを境に生まれ変わった。
「空町さん、僕、あなたのそばを離れたくありません」
社内組織が変わっても、なんとかして繋がっていたい。
「僕が離さないよ」
彼が立ち上がり頬に触れた。さっきまでコーヒーカップを握っていた手はほんのりと熱かった。目を覚まさせる熱と、彼自身の血潮と。
それを感じ、マコちゃんは口角を持ち上げる。
愛し合う二人を乗せ、地球はこれからも回り続ける――。
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