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第2話「同居してみる?」*樹
「樹」
すごく、近くで、小さく囁かれる、名前。
楽しそうに騒いでる時の蓮しか知らない奴が見たら、一体どう思うんだろう。そんな事を考えてしまう。
「――――……」
何も言わずに、蓮を見上げる。
「――――……」
少しの間があいて。見つめ合って。
蓮の顔が少し傾けられて――――……。
ゆっくり唇が触れると同時に、いつも通り、目を伏せる。
どうして、蓮と、オレがキスなんかするようになったか、は。
……正直、全然、分からない。
◇ ◇ ◇ ◇
オレ、横澤 樹 と、加瀬 蓮 は、高校が一緒だった。
高校の時は、クラスも部活も違って、関わりは、一切なし。
蓮は、陸上部で色んな記録を打ち出して表彰されてたりしたので、かなり有名人で。オレも名前と顔だけは、知っていた。とにかく目立つので、目に入ってくるし、噂が聞こえてくる。ただ、それだけ。
初めて話したのは、大学入試の日。
たまたま、同じバスに乗っていた。
早く着き過ぎたせいで、目的地の停留所で降りたのが、オレと蓮だけだった。 降りたバスが走り去っていってすぐ、不意に、目が合った。
「――――……横澤、だよな?」
「え? あ、うん」
その時はただ、あ、オレの事知ってるんだ。と、思った。
「よくオレの事、知ってるね」
「……有名じゃん、お前」
「……? 有名なのは、加瀬だよね?」
「横澤も、有名じゃん」
「……オレ、一体、何で有名な訳?」
そう聞いたら、蓮は、一瞬、黙ってから。
「――――……イケメンで有名」
と、言った。
「はー? 加瀬にだけはそんなの言われたくないけど。嫌味にしか聞こえないし」
陸上部のエースで、それこそイケメンで有名だし、物凄いモテるって事でも有名な奴に、イケメンとか言われても、からかわれてるとしか思えない。
オレがすぐ言い返すと、蓮は面食らった顔をして。それから、クスクス笑い出した。
「しゃべると、ずいぶんイメージ違うんだな」
イメージなんて、オレに対して持ってたのかな?と、不思議に思った。
というか、普段とイメージ違うと思うのは、こっちの方で。
学校で見かける蓮は、人の中心でいつも楽しそうに騒いでいるイメージ。
こんなふうに静かなトーンで話したりするんだ。と、勝手にすごくギャップを感じた。
……まあそりゃ、そうか。
仲良い友達でもないオレと、そんな初対面から騒ぐ奴は居ないか。
とも思いながらも、やっぱり、イメージが大分違って、たまに学校で見かける蓮とは、別人みたいに見えた。
何かこっちの方が、いいな……。
勝手にそんな事を思っていると。
「横澤って、ここ第一志望?」
そう、聞かれた。
「うん、そう」
「オレも。 一緒に受かると良いな」
蓮の言葉。
一緒に、なんて言ってくれるんだ。 ……良い奴、かも。
こんな一言で、評価が上がってく。
自然と、笑顔になったのが、自分でも分かった。
「……そうだね」
頷いて、応えながら。
「ていうか、陸上もすごかったのに、加瀬って頭も良いんだね。ここ、結構レベル高いのに」
「……んー、それ、暗に自分もほめてる?」
クスクス笑う蓮に、オレはすぐに首を横に振った。
「オレは囲碁将棋部で、活動すごい少なかったし、勉強結構してたし」
「――――……」
「陸上部って厳しくて有名なのにさ、よく勉強する暇あったなーと思って」
「なら、元がいいんじゃね?」
蓮はふざけた感じで言って、笑って見せる。
「うわー……なんか、やな奴だな」
冗談ぽく言うと、蓮は、ははっとおかしそうに笑った。
そのまま、一緒に受験会場まで行った。
受験する教室は違ったので、別れてそれきり。
受験期間中は学校もまともに無くて、何回かあった登校日に会う事も無かった。
合格発表の日、あいつはどうだったかなーと、受かってるといいけど、と思っていた。合格を見に行った帰りにそのまま学校に報告に行った時、たまたま職員室の前で、蓮と会った。
お互い合格した事をそこで知って、一緒に職員室に入り、それぞれの担任に報告。
自然な流れで一緒に帰る事になって、駅までの道を一緒に歩いた。
共通する話題なんて他になかったので、自然と大学に入ってからの話になった。
「横澤は家から通うの?」
「遠いし、できたら一人暮らししたいんだけど……」
「けど?」
「オレ、料理できないからさ。どうしようかなーと思ってて」
「ああ、分かる」
「加瀬も、料理できないの?」
「いや、オレは料理は好きだから出来るんだけど……洗濯とか掃除、あんまやったことがない。苦手かも」
「そうなんだ。オレは洗濯とか掃除は割と好き。親が共働きだったから、そこらへん、よく任されててさ。でも料理は火も使うからあんまり任されなかったんだよね。夕方には帰ってきたから、ご飯は作らなくても良かったし」
「うちは母さん家に居たから、掃除とかの手伝いはあんまりしなかったけど、 料理の手伝いはやたらやらされてさ。男でも、料理位できるようになれって、ずっと言われてさ」
「へえ、そうなんだね……」
「そうなんだよね……」
お互い頷き合いながら。
「――――……」
「――――……」
しばし、不自然な位の、沈黙。
急に頭によぎった事があったんだけれど、こんな、話すようになって、2回目の関係で言うべきじゃないと思って。
でも、何だか、この微妙な沈黙が、もしかして、同じ事を考えてたりするのかなあと、思ったりもして。
オレも、蓮も、沈黙のまま、数歩、進んだ。
「なあ、横澤」
「……なに?」
「今さ、何考えてる?」
「……加瀬は?」
「んー……ちょっと、提案なんだけどさ」
「……」
「嫌だったら、断ってくれていいんだけどさ」
「――――……」
オレの反応を見ながら、蓮は、少し困ったように、うーん、と言葉を躊躇う。樹も一度俯いて、んー……と、一呼吸置いた後。
「……同居、してみる?」
言ったのは、オレだった。
え、と蓮が言って、そのままオレをまっすぐ見つめた。
そのまま、数秒。
「……してみよっか」
ふ、と嬉しそうに笑って、蓮が、そう言った。
そんな会話で、同居が、決まった。
そうと決まったら、とばかりに、連絡先を交換して、その日の内にお互いの親に話した。
家賃も半分になるし、一人暮らしは心配だったけどお友達が一緒なら、と、双方の両親はすぐさま快諾してくれて、あっけなく話が決まった。
お互いの事なんて、ほとんど何も知らない状態で。
たった、いくつかのやりとりしかしてないのに。
こんなんでいいのか位簡単に、同居を決めたのは。
――――…多分、そのわずかなやりとりで。
お互いが、お互いの事を、嫌じゃなかったから。
感覚的な部分で。
お互い、一緒に暮らしてもいいと、思ったからだと、今でも、思ってる。
高校を卒業した3月後半から2人で暮らし始めた。
大学から歩いて20分、電車に乗るなら1駅のマンション。
簡単な同居のルールを、2人で決めた。
料理は蓮、掃除や洗濯はオレ。お互い手伝うし、それ以外の所は、お互い声をかけながら、押し付け合わずに率先してやる。
勝手に人を連れ込まない。ちゃんと確認してからにする事。
それぞれの部屋は、お互いが居ない時には入らない。
ご飯はリビングで一緒に食べる。
もし喧嘩しても、挨拶はする。
最後のルールは、蓮が言った。でも、一度も、喧嘩はしてない。
すごく近いけど、入り込みすぎる事もなく、邪魔にもならない。
でも、側に誰か居てくれる、安心感は半端なくて。
ほとんど知らない奴と同居なんてよくするなー、しかも加瀬みたいな派手な奴と。大変じゃないの? なんて、そんなような事を、高校の友達には散々言われたけど。
感覚を信じて、同居を決めて、ほんと良かった。
一人暮らしをするよりも、よっぽど快適だった。
「樹?」
「え?」
「すごいぼーっとしてる。 話、聞いてた?」
「あ、ごめん」
蓮の作ってくれた朝ご飯を食べながら、ぼんやりしてたオレは、はた、と現実に戻る。
「寝不足?」
「ううん眠くないよ。 卵焼き美味しいなーて、ぼーとしてた」
「はは。それはどーも」
ほんと、ご飯、美味しい。これは嬉しすぎる誤算。
「料理ができる」というのは「普通に作れる」という事なんだと思っていたら、全然、普通のレベルじゃなかった。
……母さんには内緒だけど、母さんよりも美味しかったりする。
食べて、美味しすぎてびっくりする事もある位で。蓮は料理人になるのかな?と思ってたりする。
「ごめん、蓮の話、なんだった? も一回言って?」
「今夜のクラス会、樹行くんだろ?」
「うん、行くよ」
「じゃオレも行こ。 お前が行かないならやめとこーと思ってたんだ」
そんな蓮の言葉に、ちょっと首をかしげる。
「オレ基準じゃなくていいのに。行きたいなら行っていいよ」
「まあそうなんだけど」
「オレ、たまにしか出ないし。蓮は、そういうの好きだよね? オレが行かなくても、気にしないで良いよ」
「……んー、でも、お前のご飯作って一緒に食べたいし」
「――――……」
一瞬、黙った後。
ぷ、と笑ってしまう。
「蓮、オレのお母さん?」
クスクス笑って言うと、蓮も笑って肩を竦める。
「いーんだよ。オレはオレで好きにするから。行きたい時は行くし。樹と居たい時はそーするし」
「でも最近、オレが行かないと、行ってないよね?」
「まあ、最近はそうだったかもだけど」
「無理しなくていいからね?」
「――――……何も無理してねえし」
「なら良いんだけど」
無理して、オレに付き合って、その内嫌んなっても困るし。
「ごちそうさまでした」
手を合わせて言うと、ん、と笑う蓮。
2人で食器を運んで、一緒に並んで洗う。
「蓮のご飯ばっかり食べちゃってるとさ?」
「ん?」
「蓮が居なくなったらどーしよーかなーと思う位、美味しい」
「大丈夫、居なくなんねーから」
そんな答えに、ふ、と笑う。
まあ確かに、4年間は一緒だもんね、きっと。
「樹」
呼ばれて、隣の蓮を振り仰ぐと、不意にキスされて。
流しっぱなしの水の音。
「蓮、水……」
「……ん」
すぐにキスは離れて、洗いものの続き。
キスって。
……蓮にとって、キスって、なんなんだろう。
何も言わず、ただ、触れるだけのキスって、
何の為に、するんだろ。
蓮が何も言わないから。
……オレも何も言わない。
別に気持ちも悪くないし、
嫌だって言うほどの事も無い。
ただ、触れるだけの。
すこし重なるだけの、優しい、キス。
なんだろう。
外国の人がする、家族とかにもする、そんなキス。なのかな。
引っ越しの時に、お互いの家族にも会ったけど――――……。
うーん、純日本人、だったよなあ。
お父さんがめちゃくちゃイケメンで、この血を引いてるんだなーと、ひたすら納得したけど。
「蓮の家系に外人さん、いる?」
「……何その質問。 居ないよ?」
「ふーん……」
「オレ、外人ぽい?」
「いや……何でもない」
クスクス笑ってる蓮。
「なあ、樹、クラス会に行く前さ、時間ある?」
「17時集合だよね。 講義が15時過ぎ迄だから……1時間位なら」
「買い物つきあって」
「ん、いーよ。何買うの?」
「食器見たい」
「あ、うん」
最初は少ししかなかった食器。
料理をいつも作るようになったら、好きな食器を選びたくなったみたいで。少しずつ、一緒に買い集めている。蓮がほんとに気に入ったのだけを買うから、ほんとに少しずつ。
「行く行く。一緒に見たい」
言うと、蓮はふ、と嬉しそうに笑った。
こういう時の蓮の笑い方が、最近、すごく好きだなと思う。
何でするのかよく分からない、キスを除けば。
……ていうか、別に、キス込みでも。
蓮との同居は、いつも穏やかで、楽しくて。
少し前までまったく関わりがなかったのに、すごく不思議だけれど。
ほんと。
一緒に暮らせてよかった。
そんな風に、いつも思ってる。
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