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第3話「なんか、良いな」*蓮

 オレが顔を寄せると、樹は唇が触れる前に目を伏せる。 「――――……」  目を閉じて、キスを受けてくれる樹を見るのが、好き。  ――――……キスするのは、そんな、理由、かもしれない。  最初にキスした時は、何だか急に、触れたくなった、としか言えない。  樹は何も、聞かないし、言わない。  それを良い事に、オレも、何も言わない。  別に、これ以上何かしたい訳でも、ない。  だけど、何となく、日常でふっと、  樹にキスしたい瞬間があって。  それを、樹が、何も言わずに許してくれているので、  それに甘えて、もう、どれくらい、経ったっけ――――……。 「……ごはん、食べよっか」  唇が離れると、樹がそう言って、ふっと離れていく。 「――――……ん」  一緒に夕飯の準備をしながら、また、全然別の話をする。  ――――……これは、何なんだろう。    唇を重ねても。  ディープキスに持ち込もうとか、そういう衝動は、沸かない。  激しい欲情を感じる訳でも、ない。  でも、なんとなく。  なんとなく、樹に触れたい。  受け入れてくれる、瞳を伏せる樹の顔を、見たい。  自分でも、謎すぎて、どうしたらいいのか、よく分からない。 +++++++++  オレが、樹と初めて話したのは、大学の入試の日だった。  高校時代は、まったく接点が無かったので、バス停で降りて目が合った時、話しかけていいのか、一瞬はためらった。 「――――……横澤、だよな?」  そう言ったら、よくオレの事知ってるね、と言ってきた。  うん。まあ。  ……知ってた。  樹には、イケメンで有名、とか言ったけど。  少し違う。 『囲碁の大会で、個人戦でいいとこまでいった奴の顔が綺麗』  そんな事を、クラスの奴らが話してた事があって。 「綺麗って、男なんだろ?」  そう聞いた。 男と綺麗がいまいち結びつかなかった。 「でもほんとになんか、綺麗なんだよな」 「一回見て来いよ、蓮」 「はー?いらねーよ。男の綺麗なんか、必要ない」  思ったままに言うと、「言ったオレらがバカでした」と返ってくる。 「蓮の彼女、綺麗な子が多いもんな……」 「オレ、綺麗な子好き。ちょっとキツイ顔の――――……」 「はいはい。……あ、蓮! あいつあいつ!」 「ん?」  教室の脇の、廊下を通り過ぎていく奴を指されて、そちらを見る。 「綺麗だったろ?」 「……全然見えなかった」 「見てこいよ、今ならすぐ見れるじゃん」 「つーか、何でオレが男追いかけて顔見なきゃいけないんだよ」  めんどくさい。  そんな会話を聞いてた周りの女子たちが、クスクス笑う。 「樹くんの事でしょ? 確かに綺麗だよね、皆言ってる」 「うん。頭よさそうだし。囲碁、なんか、似合うもんね」  そんな事を女子達まで言い出し、ふーん、と少しの興味が湧いた時。 「あ。戻ってきた。蓮、見てて。私ちょうど用があったんだ」  女子の一人が小走りで廊下の方に向かい。 「樹くーん!」  そう呼ぶと、廊下を歩いてたそいつは、ふ、と気づいて、こちらに向かってきて、ドアの所で止まって、女子と何か話し始める。 「蓮、見えた?」 「隠れてて、見えね。 もー見てくるわ」  立ち上がって、ドアに近づく。 「ごめん、ちょっと通して」  言うと、「樹くん」は、ふい、と蓮を振り仰いだ。  ぱちっ、と視線が絡む。 「――――……」  一瞬、何かが、よぎった。  ――――…綺麗。  まあ。 それは、確かに。そうかも。 「あ、ごめん」  合った視線はすぐに逸らされて、そう言うと、女子と二人で廊下に出ていった。    肌白い。 なんか、全体的に色素が薄い気がする。髪も、茶色い。  確かに――――… うん、まあ、綺麗かも。 「どーだった、蓮?」 「……まあまあ……?」 「まあまあって……そりゃお前の付き合う美人達に比べたら、そりゃ違うだろうけどさー」 「つか、お前、ほんと上から目線な。まあまあって、何だよ」  やいのやいのうるさい外野には適当に答えながら。  ――――……うん、まあ、確かに綺麗、ではあった。3年近く、まるで見たことが無かったのが、不思議。  …まあでも、男だしな。  オレ、男の顔なんか、いちいち見ねえし。知らなくて、当たり前か。  とまあ。  そんな経緯で、「綺麗」と呼ばれているのを知っていて。「綺麗」を言うのはどうかと思ったので、「イケメンで有名」と言ったら、「嫌味にしか聞こえない」と突っ込まれた。  あ、そういう風にしゃべるんだな。  ――――……見た目から言ったら、すげえ静かそうなのに。  何も余計な事話さず、静かに紅茶でも飲みながら、読書でもしながら、座ってそう。 返って  鋭い突っ込みが返って来たのが、イメージと違って、面白かった。  第一志望と聞いて、もし縁があったら、一緒になれるだろうかと。  咄嗟に思ってそう言ったら、樹は、ふんわりと、笑んだ。 「――――……」  初めて目が合った時に、よぎった何かがまたよぎった。  ……それが何の気持ちかは、よく分からないけど。  一瞬、そわそわする感覚。というのか。  はっきり言葉にできない、何か。  お互いの合格を何となく祈りながら過ごしていたら、発表当日、高校の職員室の前で会った。それぞれの担任に報告して、何となく一緒に帰る事になって。  そしたら、お互い、一人暮らしはしたいけど、やり慣れない家事があって、どうしようかと、同じような事を思っているのを知った。  オレの料理と、こいつの掃除や洗濯、合わせて協力してけば、ちょうどいいんじゃないか?  すぐそう思ったけれど、何と言っても知り合ったばかり。  いや、知り合いとも呼べない位の、トータル数分程度しか話してない奴に、そんなこと言ったら、絶対警戒されそうだと思って。  迷っていたら、樹が、言った。 「……同居、してみる?」  と。  さらっとそう言ってくれた樹の事を、なんだか一瞬で、好きになって。  こいつ、なんか、良いな。  そう思った。  親は、友人となら、という事で、即決してくれた。話して数分の奴が相手だとはもちろん言わなかったので、その日のうちに同居が決まった。  卒業式のすぐ後に引っ越して、二人で暮らし始めた。 ◇ ◇ ◇ ◇ 「ごちそうさまでした!」 「ん」 「美味しかった」  いつも言ってくれる。  すごく良い顔で食べてくれる樹が、好きで。  樹と暮らしてから、格段に料理の腕が上がっているのが自分でも分かる。 「なんか、蓮って、その内、売れっ子のシェフとかになりそう」 「ん、そう?」 「だって、見た目でまず女の子がつくだろうし。しかもこんな美味しかったら、絶対いけると思う」 「じゃあシェフの道も考えとこうかな……」 「シェフになるなら、料理の学校じゃないの?」 「独学でやる」 「そんな甘い世界…じゃないと思うんだけど、なんか、蓮ならできそう」  クスクス笑いながら、樹が食べ終わった食器を運んでいく。 「片付けするから、蓮、先にお風呂入ってきていーよ」 「良いよ。片付け一緒にやるし」 「でもさ、後で、ドラマ一緒に見たいし。順番に入っちゃった方が良いと思うんだけど」 「……んじゃ、先入ってくる」 「うん。すっごい良い匂いの入浴剤見つけた。置いてあるから」  笑顔で送り出され。  バスルームについて、服を脱ぐ。  脱衣所にはもう、バスタオルが用意されてて。  なんか。  樹との生活って。  快適で、楽しすぎて。  親にやってもらってた部分を、全部自分たちでやらなければいけないんだから、絶対に多少は面倒な事もあるだろうし、実家が恋しくなったりするのだろうかと思っていたけれど、そんな事は一切ない。  ローズの入浴剤。  めちゃくちゃ良い匂い。 「――――……」  なんだろう。  まったく無理も遠慮もなく、こんなに、一緒に居て楽しい奴って、居るのか? オレがしてないだけで、もしかして、樹の方が我慢してくれてる事があったりするんだろうか。  バスルームを出ると、もうすっかり片付けは終わっていて、樹が洗濯物をたたんでいた。 「こっち、蓮の。持ってってね」 「ありがと」  タオルなどを抱えながら、樹が立ち上がる。 「お風呂入ってきまーす」  言って、蓮がバスルームに消えていく。  服を片付けて、ドライヤーで髪を乾かしてから、2人分のコーヒーを淹れている時、樹が戻ってきた。 「良い匂い、コーヒー」 「――――……ん。 髪、乾かすから来な」 「うん」  リビングの椅子にすとん、と樹が座る。 「――――……」  ドライヤーを掛けてやるのが最近日課になってる。  濡れた髪が乾くにつれて、ふわふわした感触に変わっていく。 「お前の髪って、柔らかいよな……」 「え、そう?」  ふ、と笑いながら、振り返ってくる。  ……樹の髪に触るのが、好き。柔らかくて。  そんな風に感じるのは、やっぱりおかしいんだろうか。 「なんか最近いつも乾かしてくれるけど……」 「ん?」 「面倒だったら、自分でやるからね」 「――――……いい。 面倒じゃねえし。てか、されたくなかったら言えよ」 「…人にやってもらうのって、気持ちいいんだな~て、いっつも思ってるよ」  クスクス笑う、樹。 「オレはすっごくらくちん……」  言いながらじっとしてる樹。ちょうど乾かし終わった頃。 「ありがと、蓮。 もう時間、ドラマ見よ」 「ん」  さっき淹れていたコーヒーをソファの前のテーブルに置いて、2人でソファに腰かける。  樹は、ドラマが好き。  サスペンス物が好きらしいけど、他のも結構見る。  オレは、ドラマはそんなに見てこなかった。  たまに映画を見る位。  じゃあ何で、今、樹とドラマを見てるか。  見たドラマの話を、樹がしてるのが面白いから。  見てなくても話は聞けるけど、見てた方が盛り上がる。  一緒に見始めたら、意外と面白いのもあって、最近割と楽しみにもしている。 「蓮、これ食べたい」 「チョコアイス?」 「うまそー」  コマーシャルを見て、明日買いに行こ、なんてウキウキしてる。   これだって、一緒にテレビ見てないと、出来ない会話。  別に無理して見てる訳じゃない。  樹と、同じ時間、同じものを楽しんで、話したりしたい。  なんだろう。  ――――…どうしてオレ、こんなに樹と共有したいかな。  一緒に暮らし始めて、どんどんその傾向が顕著になっていく。  何でなのかは、よく分かんねえけど。 「うわー、やな奴ー…」  ドラマの仇役について、嫌そうに顔をしかめて、呟いてる。  険しい顔に、ふ、と笑ってしまう。 「樹、コーヒー冷める」  言いながら渡すと、受け取って、ありがと、と笑う。 「……なあ、蓮さ」 「――――……ん?」 「……オレと暮らしてて、疲れない?」 「……え、お前、疲れてんの?」  少なからずショックで。ドキドキしながら聞いてみると。  樹はすぐに、ぶんぶん首を横に振った。 「オレ、すごく楽ちんすぎてさ。 蓮が無理して色々やってくれてるからかなーとか思って。大丈夫?」 「――――……」  ――――……さっき、まったく同じ事、思ってた。   「……快適すぎて困るくらい、快適」 「あ、ほんと?――――……じゃあ良かった。てか、何で困るの?」  樹はクスクス笑いながら、オレを見つめてくる。 「いや、困んないけど……」  ――――……この同居をやめる時、困るかなと。  思ってしまったんだけど。 「無理しないでいこ、まだ4年間始まったばっかりだしさ」 「……そだな」 「やな事あったら早めに言ってよね。オレも言うから」 「ん」  そこまで言うと、もう樹はすっきりしたみたいで。  コーヒーを飲みながら、ドラマに入り込んでいる。  同じ事を考えてて。  お互いが、快適で居られる事が、なんだかすごく嬉しい。  ……良かった、樹と同居できて。  毎日すごく穏やかで、幸せな感じ。  そんな風に、日々、思ってしまう。  

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