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第4話「最優先」*樹

「横澤、クラス会行く?」  最後の授業が終わった時、クラスメートの山田に声を掛けられた。 「うん、行くよ」 「加瀬は?」 「行くって言ってた。今トイレ行ってる」 「そっか。なあ、集合まで何してる? カラオケでも行こうかって言ってんだけど」 「あ、そうなんだ……」  あーでも、蓮と、食器見に行くって約束……。 「ごめん、ちょっと買い物行く約束してて」 「加瀬と?」  うん、と頷くと、山田はふーんと言って、少し黙って。 「その買い物、今日じゃなくても良いなら、カラオケ行こうぜ?」 「どうだろ、蓮に聞いてみないと……」  そう言ったら、山田が急に距離を詰めてきて、こそこそと耳に囁く。 「……実はさ、加瀬の事を好きな子が居てさ」 「……」 「出来たらカラオケから一緒に行けたらいいなーって言ってて、オレ、頼まれちゃった訳」 「ああ……そう、なんだ」  んー……。どうなんだろ蓮、食器見たいって言ってたけど……。  蓮の事を好きな子か……。  そっちに行きたいかな、蓮……。 「樹、ただいま」 「あ、蓮。おかえり」  戻ってきた蓮が、ぐい、と山田を、オレから引き離した。 「距離近すぎねえ? 山田」  ちらりと一瞥。 「お、おお、ごめん……ってなんでオレ、加瀬に謝ってんだ」  苦笑いの山田に、さあ…とオレも思わず、苦笑い。 「そんなひっついて、何話してたの?」 「いや、飲み会までの時間、カラオケ行かないかって誘ってた所。お前も行こうぜ?」 「カラオケ?」 「そ。今すぐ行けば2時間弱は行けるからさ」  聞いた蓮は、オレに視線を向けてくる。 「樹、カラオケ行きたいの?」 「――――……」  ていうか、オレは、蓮と、食器見に行きたいんだけど……。  別にカラオケ好きじゃないし。  だけど、蓮の事を好きな子が……とか聞いてしまうと、オレがそれを邪魔するのもどうかと思って……。 「樹がカラオケ行きたいなら、良いけど」  答えないでいると、蓮が続けてそう言ってきた。   「お、マジで?」  オッケイなのかと乗り出してきた山田に、蓮は。 「だから今、樹に聞いてるから待って」  そう言った。そしたら、蓮の言葉に、山田は、はー?と笑う。 「お前って、ほんとに、横澤の事が最優先なんだな」 「別に。……そんな事ねーから変な言い方すんなよ」  蓮の言葉に、一瞬固まってしまう。  ……そんな事ねーからって。  なんか少しだけ、もやもやする……。何でだろ……。 「樹、カラオケ行きたいの?」 「う、ん。蓮に任せるよ。どっちがいい? 買い物今度でいいならカラオケいこって山田が言ってるけど……」  山田が蓮の向こう側で、ニコニコしながらうんうん頷いている。  オレ、これって、協力してるって事になるのかな……? 「――――……山田」  しばらくオレを見ていた蓮が、後ろの山田を振り返った。 「今日は買い物行ってくる。 カラオケまた今度な」 「え゛え゛え゛ー」 「後で飲み屋で会おうぜ。 樹、行こ」  ぐい、と手首を掴まれて、蓮に引かれる。 「あ、うん」  鞄を肩にひっかけて、急いで蓮について歩き始める。 「ごめん、山田、また後で」 「分かった。後でなー」  山田に挨拶して別れ、蓮の後を続く。  部屋を出た所で、蓮がそっと手を離した。 「蓮……?」 「樹はカラオケ行きたかった?」  オレの目を見ながら、蓮が聞いてくる。 「別にオレ、カラオケ好きじゃないし」 「――――……」 「でも、蓮のは聞いてみたいな。うまそう、歌」 「――――……」  急に蓮が立ち止まって。  え?と立ち止まり、一歩後ろに居る蓮を振り返る。 「蓮?」 「――――……ごめんな?」 「え??」  は、とため息をついた蓮は、少し表情を緩めた。  あ、良かった。   なんかさっきから、少し、固いなーと、思ってたんだよね。    ゆっくり歩き出した蓮の隣で、「何が、ごめんなの?」と聞く。 「教室戻ったら、すっげー山田が距離近いし、なんかムカついて」 「……へ?」 「しかもその後一緒にカラオケとか言うし」 「――――……」 「一緒に食器見に行くの楽しみにしてたからさぁ……」 「……蓮」  クスクス笑ってしまう。  可愛い、なんか。  楽しみにしてたんだ。 「……横澤最優先、とか言われた時も、そんな事ねえって言ってごめんな。なんか変な風に噂されても、樹が嫌かなと思ってつい……」 「――――……」  ………なんだろ。  ちょっと引っかかった所を全部、ちゃんと訂正してくれるのって。  ……なんか、ほんと。気の使い方が似てるっていうか。  ――――……蓮とオレの、気になる部分って、似てるんだろうな。  だから、いつも、すごく快適なのは、そういう事、なんだろうな、と改めて思いながら。   「少しだけ、やだった」 「え?」 「オレの事なんか全然優先してねーしって感じで……少しだけど」 「――――……」  黙った蓮に、じっと見つめられて。  その後、蓮の手が、樹の頭にぽんと乗った。一度くしゃ、と撫でられて、手は離れた。   「……オレ、すっげー優先してると思うけど」 「――――……」 「知ってるだろ」 「……んー……うん」 「知ってて?」 「……うん」  オレが頷くと、蓮はホッとしたような顔になって。  それから、すぐに苦笑い。 「最優先は事実だけど、だからって、山田に認める必要ないと思ってさ」  そんな風に言う蓮に、ん、と頷くと。 「つーか樹、あんな近寄られたら、避けろよな」 「あーだって、あれ、ちょっと内緒話だったから……」 「……内緒話って何だよ」 「……んー、ちょっとね、大きな声で言えない事だったんだよ。だから、避けるのもおかしいし」 「――――……」  蓮が返事してくれない。  ……これはもう絶対「内緒話」が気になってるとしか思えない。 「内緒話……全然大したことじゃないよ…?」 「うん」  うーん、聞きたいのかな。内緒、嫌そう……。 「蓮の事なんだよ?」 「オレの事? 何?」 「――――……オレから聞いたの、言わないでよ?」 「ん」  ちょっぴりため息をつきながら、蓮を見上げる。 「蓮の事気になる女子が居て、カラオケ一緒に行きたかったんだって。それで山田が頼まれたっていう話をコソコソしてたの」 「……何だ、そんな事か」 「それが誰かは聞いてないから、ここまでね?」  やれやれ。  これじゃまるで。 「蓮、ほんと、過保護な母親みたい」  つい言ってしまうと、蓮はむ、とした。 「……母親じゃないし」 「母親じゃなかったら、その心配とか……距離近いとか、何なの?」 「母親っていうか――――……」 「いうか?」 「……よくわかんねえけど、オレはお前の母親のつもりはないし」 「そっか……。じゃお父さん?」 「……違う。よく分かんねえけど」  なんだかよく分からないので、  結局その話はそこでやめにした。 「蓮、どこで買い物する?」  そう聞くと、蓮は途端に、嬉しそうに笑った。 「集合の駅の、商店街に良さそうなお店があってさ。そっちまで行こ?」 「そうなんだ。うん、早く行こ」 「だし巻きをのせる皿が欲しいんだ」 「へえ。うん、楽しみ」  ふ、と二人で笑いあって。  駅に向かって、歩くスピードを速めた。  オレを最優先、か。   ……よく考えると、オレの方もそうな気がする。  蓮が最優先。  ……何かちょっと、お互いがそうだっていうのが。  嬉しいかも。  自分が誰かの特別で。  その誰かが自分にとっても、特別って。  それって、こんなに、嬉しい事、なんだなぁ……。  

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