5 / 67

第5話「最優先」*蓮

 授業が終わって、クラス会までの空いた時間、樹と買い物に行く約束をしていた。その前にトイレに行って、樹の待ってる教室に戻ると。  山田が、樹の隣に居て、くっつきそうな程に密着しているのが見えた。  買い物が楽しみで弾んでいた心が、一瞬で不愉快になり。  早足で戻り、ひっついている山田を引きはがす。 「距離近すぎねえ? 山田」  視線でけん制。軽く睨みつけたような感じになると、山田はたじろいだ。 「お、おお、ごめん……ってなんでオレ、加瀬に謝ってんだ」  苦笑いの山田に助けを求められて、樹が苦笑いを浮かべている。 「そんなひっついて、何話してたの?」  機嫌の悪いままそう聞くと。  何やら時間までカラオケに行こうという誘いだったらしく。  即座に断ろうと思ったのだけれど、ふと、樹はどうしたいかが気になって、樹に視線を合わせた。 「樹、カラオケ行きたいの?」 「――――……」  そこで止まって、すぐには、答えない。  ……カラオケに行きたいのか?  困ったみたいな顔をしている樹に。 「樹がカラオケ行きたいなら、良いけど」  そう言ったら、樹が答える前に、「お、マジで?」と山田が乗り出してきた。   「だから今、樹に聞いてるから待って」  オレが言うと、山田は一瞬止まって、苦笑いを浮かべた。 「お前って、ほんとに、横澤の事が最優先なんだな」  一瞬で。  変な事いうな。と、さらに気分が悪くなる。  そんな事周りに言い振らされたら、樹が困るだろ。 「別に。……そんな事ねーから変な言い方すんなよ」  そんな事は無い、を強調する為とはいえ、思い切り断言したら、樹が隣で、ぴたっと固まった。……ように、見えた。  これだと、樹の事なんか優先するはずがない、位のセリフを言ってる事になるかな。いや、違うのだけど。 山田が変にこれを言いふらすと、面倒かなと思って――――……。後でこの事、樹と話さなきゃ。  とりあえず、カラオケに行くなら行くで仕方ないし、行かないなら早く2人で買い物に行きたい。 「樹、カラオケ行きたいの?」 「う、ん。蓮に任せるよ。どっちがいい? 買い物今度でいいならカラオケいこって山田が言ってるけど……」  再度聞いたら、なんだか歯切れは悪いけれど、そう言った。  どっちなんだろう。  カラオケに行きたいのか、行きたくないのか。    山田に気を使ってるのか、オレに気を使ってるのか。  ――――……なんか、はっきりしない。  とりあえず、語尾は、「山田が言ってるけど」だから……。  ……何か断りにくい誘われ方でもしたんだろうか。  オレに、断ってほしい……って事かな、これは。  気づくと、樹は、オレの後ろに居る山田を見て、なんだか微妙な顔をしているし。 「――――……山田、今日は買い物行ってくる。カラオケまた今度な」  山田を振り返ってそう伝えると。 「え゛え゛え゛ー」  と騒ぎだすが。 「後で飲み屋で会おうぜ。 樹、行こ」  樹の手首を掴んで、少し引いて立ち上がらせて、歩き始める。  樹が後ろで、山田に挨拶をしてる。  教室を出た所で、オレは、樹の手を離した。  少し後ろに居る樹を振り返って、見つめる。 「蓮……?」 「樹はカラオケ行きたかった?」  もう一度そう聞くと。 「別にオレ、カラオケ好きじゃないし。でも、蓮のは聞いてみたいな。うまそう、歌」  そんなことを言って、微笑んでる。  なんだかその笑顔に、毒気を抜かれて。  なんだかさっきの自分の態度が、あんまりだった気がしてきて。  つい立ち止まる。  え、と樹も立ち止まり、振り返ってくる。 「蓮?」 「――――……ごめんな?」 「え??」  は、とため息をついて、一言謝って。  すると樹が、なんだかホッとしたように、ふわ、と笑った。  ゆっくり歩き出したオレの隣に並んで、「何が、ごめんなの?」」と樹が聞いてくる。 「教室戻ったら、すっげー山田が距離近いし、なんかムカついて」 「……へ?」 「しかもその後一緒にカラオケとか言うし」 「――――……」 「一緒に食器見に行くの楽しみにしてたからさぁ……」 「……蓮」  思うまま素直に全部伝えると、樹は、クスクス笑いだした。  すっかりいつもの雰囲気だけれど。  あともうひとつ。気になっていたこと。 「……横澤最優先、とか言われた時も、そんな事ねえって言ってごめんな。なんか変な風に噂されても、樹が嫌かなと思ってつい……」 「――――……」  それを言うと、樹は少しの沈黙の後。 「少しだけ、やだった」 「え?」 「オレの事なんか全然優先してねーしって感じで……少しだけど」 「――――……」  少しだけ。少しだけと。  2回も強調するって事は――――……相当嫌だったんだろうな……。  樹の頭にポンと手をのせて、くしゃと、柔らかい髪の毛を撫でる。   「……オレ、すっげー優先してると思うけど」 「――――……」 「知ってるだろ」 「……んー……うん」 「知ってて?」 「……うん」 「最優先は事実だけど、だからって、山田に認める必要ないと思ってさ」  樹が知っててくれれば、良い。  そういうと樹は、ぷ、と笑って。  分かってくれたかな。と思った瞬間。  トイレから戻った時の、山田との距離感に、また心が少し波立つ。 「つーか樹、あんな近寄られたら、避けろよな」 「あーだって、あれ、ちょっと内緒話だったから……」 「……内緒話って何だよ」 「……んー、ちょっとね、大きな声で言えない事だったんだよ。だから、避けるのもおかしいし」  ……内緒話って何。  無言のプレッシャーをかけてると、樹は苦笑い。 「内緒話……全然大したことじゃないよ…?」 「うん」 「蓮の事なんだよ?」 「オレの事? 何?」 「――――……オレから聞いたの、言わないでよ?」 「ん」  すごく言いにくそうに。樹が話し始める。 「蓮の事気になる女子が居て、カラオケ一緒に行きたかったんだって。それで山田が頼まれたっていう話をコソコソしてたの」 「……何だ、そんな事か」  ……ほんと、そんな事、か。  ――――……ああ。それで、はっきりカラオケも断れず。  樹はあんな感じで、オレに任せたのか……と、  さっきのはっきりしない会話の理由を、ものすごく納得する。 「それが誰かは聞いてないから、ここまでね?」  別にどうでもいいし。  そう思って頷いていると。 「蓮、ほんと、過保護な母親みたい」  なんて樹が言い出した。  過保護?  距離が近いとかそういうのが?  内緒話、許せない、とかが…?  過保護は、否めないけど。 「母親」扱いは、なんだか違う気がする。 「……母親じゃないし」  そう言うと、樹は、困ったみたいな顔で、見上げてきた。 「母親じゃなかったら、その心配とか……距離近いとか、何なの?」 「母親っていうか――――……」 「いうか?」  ――――……母親の気分なんか、全くない。  山田との距離が近い事や、内緒話とかに感じるのは、これは明らかに母親とかじゃなくて。  ――――……嫉妬のような、感情だとしか、思えないし。  けれどそれは、言えず。 「……よくわかんねえけど、オレはお前の母親のつもりはないし」 「そっか……。じゃお父さん?」 「……違う。よく分かんねえけど」  あくまで保護者か。  む、としながら、それも否定した。  分かってる。オレ、お前に構いすぎてる。  でも、どうしようもない。  本気で嫌がられない限り、構い倒してしまいそう。  樹は今のとこ、構うのを嫌がってそうには見えないけど……。  でもこれ、構ってると、保護者としてしか見られないのか?  それはちょっと嫌だな。  複雑に思いながら、でももう普通の表情で、隣で微笑んでる樹を見ると、ま、いいかと思ってしまう。  電車に乗って、目当ての店へと向かいながら。  2人で過ごすのが楽しくて。  やっぱりカラオケ断って良かった。なんて思ってしまった。

ともだちにシェアしよう!