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第6話「穏やか」*蓮

 樹は、優しい。  大勢で騒がないけれど、直接話せば、優しいし、まっすぐだし、まじめなのも、すぐ分かる。  おとなしい訳ではないから、突っ込みも入るし、話していて、楽しい。  大勢でつるんだりするのはあまり見かけないけれど、樹は仲の良い奴が多い気がする。  オレは、まあ……いつも目立つ連中と居て、楽しそうで、騒がしくて。と、周りから思われているらしいのは、何となく知ってる。  自分でも、バカ騒ぎしてるのが一番好きな人間だと、思っていたし。  ――――……樹と話す時みたいに、穏やかに話すのが好きだ、なんて、最近、初認識したばかりで。  最初に樹と話した時に、何でだか、自分がすごく穏やかで。  その居心地が良かった。  一緒に暮らして、さらに、その認識が深まって。  穏やかに話すのが、楽で。  樹とは、どれだけ一緒に居ても、疲れない気がする。  無理をしなくても、楽で、居心地が良くて。  それがこんなに、穏やかだなんて。  最近、初めて知った。 「なあ蓮、イメージどんなの? こんなの?」  樹が深緑の皿を手に持って、見せてくる。 「ん――――……形はこんな感じかなあ… 黒っぽいのがいいかと思ってたんだけど……緑もいいかも……」 「とりあえず黒も探してくるね」  樹がそう言って、また店内をうろうろし始める。  渡された皿をじっと見ていると。  色々作りたいものが浮かんでくる。  なんかオレ、ほんと料理人みたいになってきたな……。  ふ、と、苦笑いしつつ。 「蓮ー、ここらへん? 黒いのって」 「ん」  樹が見ている横に一緒にしゃがんで、2人で選ぶ。 「……じゃ、さっきの樹の持ってきたこれと、あと、この黒いの。買ってこ」 「うん」  2人でレジに並ぶ。 「いくら? 半分だす」 「いいよ、オレが欲しかったんだし」 「でも……むしろオレが食べさせてもらうんだし」  クスクス笑いながら、樹が皿の裏側の値段シールを見ようとしてくる。  見せないように、しているのだけれど。 「一緒に買おうよ、蓮」  そう言う樹に、多分もう聞かないなと思い、仕方なく頷く。 「蓮、なんか不満?」  言いながら、樹がオレを見上げて、肩を竦めて笑う。 「…んな事ないけど」 「出すって言ってるんだから、その方が普通良くない?」 「――――……まあ……」 「……それに、2人で一緒に買ったって方が、なんか嬉しくない?」  そう言う樹が、ふ、と楽しそうに笑っているので、結局そんな気になって、オレも、そうだなと頷いた。包んでもらった紙袋を受け取って、店を出る。 「早く料理したいなーとか、思うの?」 「思う。早く料理、のせてみたい」 「ほんと蓮、料理人みたい」  クスクス笑って。 「おかげでオレは、めっちゃ毎日幸せだけど」  178センチのオレより、樹はいくらか背は低い。  一緒に並んでると、すこし下にある樹の頭。 茶色の髪がふわふわしてる。笑顔で何か言う時、必ず見上げてきて、顔を見ながら話す樹。  可愛いとしか思えない顔で、そんなような事を言って、微笑む。 「――――……お前が喜ぶから、オレ、プロ化してってるんだけど」 「えー、じゃあもっと喜ぶことにするね」  そしたらもっと美味しくなるのかー、すごいなー、なんて、楽しそう。 「樹、どーする、集合まであと30分あるけど」 「うーん。蓮はどうしたい?」 「コーヒー飲もっか」 「うん」 「歩きながら探そか」 「うん」  二人で歩きながら、店を探す。 「そういえばさ」 「ん?」 「蓮のことを好きな子……とか、気になる?」  珍しい、そういう恋愛話みたいなのを振ってくるの。  そう思いながら、答える。 「……今は、なんねーかな」 「……今、は?」 「彼女欲しいとか、今あんまり思ってないから」 「……ふうん。そうなんだ。 あ、蓮、このカフェ、美味しそう」 「ん、いいよ、ここで」  雰囲気の良い、カフェ。  ドアを開けると、からん、とドアチャイムが鳴り響いた。  座ってメニューを見て、樹はケーキにくぎ付けになる。 「ケーキ、うまそー……」 「すぐ飲み会だけどな」  樹の言葉に、苦笑いしてそう突っ込んだ。 「でもこのチョコケーキ、すごいうまそーなんだけど」 「樹、ほんと、チョコ好きだな」 「うん」  嬉しそうに笑って、頷いてる。 「でもいいや、我慢する。あんまゆっくり食べてる時間もないし。蓮、また今度来よ?」 「いーよ」  結局、樹はカフェオレ、オレはブラックを頼んで。  しばらく触れていなかったスマホを見ると、未読のメッセージが数件。 「……山田から、来れるなら来いって連絡来てる」 「あ、カラオケ?」 「ああ」  樹は、水をこくん、と飲んで、苦笑い。 「時間ないから無理だね」 「…また今度って入れとく」 「蓮、カラオケ好き?」 「――――…中高ん時は良く行ったかな」 「そーなんだ。蓮、ほんとうまそう」 「採点機とは相性いいけどな」 「……それってうまいってことだよね?」  クスクス笑う樹。 「なんか蓮ってほんと何でもできる気がする」 「……そおか?」  何でもってことはないけど。  まあ広く浅く、要領は良いのかもしれない。 「掃除とか洗濯もさ、最初苦手とかやりたくないとか言ってたけどさ」 「ん?」 「手際が悪い訳でもないし、全然できてるしさ」 「――――…」 「オレが料理できないっていうのとは、レベルが違った」 「なことねえよ、やっぱり得意ではないと思ってるし」 「でも一人暮らしでも平気そう」 「――――……」  ……同居の意味がなかった、とか、そういう意味か?  それはちょっと、なんと答えたらいいのやら……。  そこに注文したものが届く。  カフェオレを一口飲んで。これ美味しい、と微笑む樹。  蓮は、さっきの樹の言葉が気になって、何となく何も言わず、コーヒーを飲んでいた。  すると、カフェオレの表面をじっと見ながら。 「……オレはラッキーだったけど」  と、樹が言った。 「――――ん…?」  ラッキー?  樹の次の言葉を待っていると、ふ、と笑って、オレを見上げる。 「蓮はきっと一人暮らしできたと思うけど……オレは、蓮が一緒に住んでくれて、ラッキーだったなーと思って」 「――――……」 「あ、ラッキーって言い方悪い?」  樹は、ちょっとバツが悪そうに笑って。 「――――……料理が美味しいのもだけど……なんか色んな意味でさ」  ふ、と微笑む樹を見ていたら。 「……オレもそう思ってるって言ってるだろ」  かろうじて、そう答えはしたけれど。  なんだか、衝動的に。  どうしても――――……。  その唇に触れたくなってしまって。  外でそんな事できる訳も無く。  ……本当は、キス自体、樹にして良い物なのかも、分からないのに。  でも触れたくて。  心底、困ってしまった。

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