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黒兎と飴色獅子(3/5)

少しは慣らした方が良いだろうか、とノクスは自身の穴へと指を伸ばす。 しかしそこは、ノクスが思ったよりもずっと柔らかく弛んで、まるで彼を待ち望んでいたかのようだった。 ノクスは小さく苦笑する。 私も大概だ。と。 「ノクス……?」 気遣うような声に尋ねられ、ノクスは「いいえ」とだけ答える。 学生の頃も、ノクスの様子がいつもと違う時には、彼はなんだかんだとふざけながらも声をかけてきてくれたなと。懐かしく思いながら。 ノクスは元からあまり感情が顔に出ない方だったのに。 それでも彼は、いつもなぜか気付いてくれた。 片手で支えた彼のそれは、もうガチガチで、触れるだけで吐精してしまいそうだった。 それを、愛しく思いながら、ノクスは自身の中へと導く。 「っ……」 小さく息を詰めたのは、どちらだったのか。 ゆっくり、ズブズブと肉を割く感触に、どちらもが苦しげに息を吐いた。 触れ合う部分が、酷く熱い。 こんなにも、熱いものだっただろうか。 半分以上が入ったところで、ノクスが小さく声を漏らす。 「ぁ……、く……ぅ……」 声を漏らすまいと、小さな口をキュッと結ぶ様に、クレイは眉を寄せた。 「なぁ、お前……なんで、声、我慢すんだよ……」 クレイの声は、酷く寂しげに聞こえた。 驚いて、ノクスは彼を見る。 「私の声が、聞きたいのですか……?」 思わず聞き返すと、彼はその瞳を大きく揺らす。 「……別に」 と視線を逸らされたところで、その言葉には何の説得力もなかった。 ノクスは堪えきれず苦笑しながら、伝える。 「アリエッタ様のお部屋がお隣ですから……」 主人の長い耳になら、防音のこの部屋からも、少しは声が届いてしまうかも知れない。 それが、ノクスにはとても、おそろしく、耐えられない事だった。 「そうか、姫さんなら、こっからでも聞こえるのか……」 グルル……と唸る声にクレイを見れば、その瞳は獲物を見つけた捕食者のようにギラついていた。 ノクスは酷く嫌な予感がした。 「良いじゃねぇか、姫さんにも聞かせてやれよ、お前の恥ずかしい声を」 言うが早いか、彼は腰を突き上げた。 「ぅあっ!」 不意に奥を穿たれて、ノクスは声を上げる。 「く……、やめ……っあぁっ!」 尚も突かれて、羞恥に顔を歪めたノクスの眼鏡がずるりと下がる。 言っても無駄だとすぐに気付いたのか、ノクスは自らの手で口を塞いだ。 「ん、んっ……んんっっ」 またくぐもってしまった声に、クレイは苛立った。 もっとその声を、俺の上に零せばいいのに。もっともっと、たくさん。 クレイは怪我の無い腕で上半身を支えると、ノクスのタイを解こうと利き腕を伸ばして――ビリッと走る鋭い痛みに顔を顰めた。 「っ……、くそ」 迂闊だった。 クレイは分かっていた。この腕がもう上がらない事を。 けれど、まだノクスは気付いていなかったのに。今のは良くなかった。 痛みに強く閉じた目を、おそるおそる開く。 そこにはやはり、普段とあまり変わらない顔をしながらも、その瞳に驚きと恐怖を滲ませたノクスがこちらをじっと見ていた。 「……ま、さか……」 ノクスの短い言葉は、掠れていた。 「まだ抜糸したばかりだからな。リハビリしてりゃ、マシになる」 苦笑しながら言うクレイのそれは、嘘ではなかった。 流石に、元通りになるとは、言えなかったから。 弾は骨を砕いていた。 元には、もう戻らないだろう。 クレイは、それでも良いと本気で思っていた。 身の回りの世話は、ノクスが甲斐甲斐しく焼いてくれる。 こうやって、下の世話まで。 肩なんて、いつまでも上がらなきゃいい。 それで、ノクスが側に居てくれるなら。 俺の側に、ぴたりと、手を伸ばせば触れられる距離に、こいつを縛り続けられるなら、腕だろうが足だろうが惜しくない。 そう思っていた。 ……そう思っていた。のに。 ノクスの瞳から涙が零れて、クレイは息が詰まった。 真面目そうな四角いフレームの眼鏡の奥で、長い睫毛が縁取る黒い瞳から、一粒、また一粒と、雫が零れる。 ノクスは、自身の力不足でそうなってしまった、どうすることもできない現実と、これから先も彼から奪い続けてしまうだろう自由に、自責と後悔しかできなかった。 目の前で、ノクスが涙を零している。 俺のために、泣いている。 それだけで、クレイの胸は引き裂かれるほどに痛んだ。 肩の傷なんて比では無いほどに、胸が痛くて、息ができなくて、クレイは必死でノクスを胸元に抱き締めた。 「……俺が悪かった。泣くな……」 耳元で囁かれた謝罪の言葉に、ノクスは驚いた。 彼の何が悪かったと言うのだろうか。 彼は何も、悪くないのに……。 そして、ノクスの肩を抱く彼の腕が、震えている事に気付いた。 「お前が泣くなら、肩は元に戻す」 ぽつりと、けれどハッキリと言い切られて、ノクスは戸惑いつ尋ねる。 「……どういう、事ですか……?」 「少し時間は掛かっちまうが、人工関節にすりゃ、しばらくリハビリした後は、元通りだ」 「あ……」 なるほど、と納得したような顔を見せたノクスが、怪訝に眉を寄せる。 ではなぜ、最初からそうしなかったのか。 「準備も必要だし、時間もかかる。仕事もしばらく離れることになんだろ」 獅子は黒兎の疑問に、尋ねる前から返事をした。 婿入りしたばかりのシャヴィールの私物は驚くほど少なく、同郷の者もクレイ以外に連れては来なかった。 人を極力増やさなかったのは、アリエッタの秘密を守るためだろう。 ここでクレイが離脱してしまうと、シャヴィールが慣れない土地で一人になってしまうのは、確かにそうだった。 結局、クレイがその選択をしなかったのは、ノクスやその主人達のためだったのだと気付いて、黒い兎は獅子の胸元でそっと目を伏せた。 彼の優しさや思慮深さに胸を打たれながら。 まさか、彼が罪悪感を利用してノクスに言う事を聞かせようと思っていたなどとは、露程も思わないまま。

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