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第389話

その日を境に、俺を取り巻く環境は、確かに変わった。 試しに1度、披露目式の翌日に、放課後の寄り道をして帰った際も、ちらほらと周りをうろつくライターらしき人影や、組対だと教えられた男たちの影がチラついた。 「翼、今日も真っ直ぐ帰るのか?」 「うん、ごめん。最近付き合い悪いよね」 あは、と浮かべた笑いに、申し訳なさが混じる。 「いや、事情は分かってるからいいけど。おまえも大変だな」 「うん、まぁ。でも覚悟の上であの人の隣を選んだんだからね」 文句や不満はない。 「そっか。まぁあまり無理してストレス溜めんなよ」 「ありがと」 「じゃぁまた明日」 ふらりと手を振って帰っていく豊峰は、今日も護衛を撒いて街に繰り出す予定か。 その後ろ姿を見送りながら、俺は真っ直ぐに迎えの車へ向かう。 「翼、バイバイ」 「うん、また明日」 「つーちゃん、またねー」 車までの道すがら、俺を追い抜いていくクラスメイトたちに笑顔で答える。 ここ最近の俺の放課後は、直帰が基本になっていた。 そんな日々が流れ、徐々に周囲の興味関心が減り、警戒心も薄れ始めた頃のことだった。 「あ、やば。筆箱を視聴覚室に忘れてきた」 ふと、移動教室からの帰り道、廊下でそのことに気がついた。 「はぁっ?ドジ」 「あは、ごめん。取りに行ってくるから、先に教室戻ってて」 隣を歩く豊峰に言って、踵を返す。 「ちょっ、俺もついてくって!」 足早に、来た廊下を引き返す俺の後ろを、豊峰が追ってきた。 あの事件以来、豊峰は校内のひとけのない場所に俺を1人で行かせようとしない。 「過保護!でもありがとう」 くるっ、と後ろを振り向いて、そのまま笑いながら後ろ歩きを始めた俺は、不意にドンッ、と背中に衝撃を感じて足を止めた。 「やばっ、ごめんなさ…」 慌てて前に向き直ろうとした身体が、何故かグイッと羽交い締めにされる。 「え…?」 「翼ッ!」 「チッ、連れがいるのか。面倒だな」 ずりずりと、俺を捕まえたまま後退っていく男の声には、聞き覚えがあった。 「あ、なたは…」 「覚えててくれた?一向に連絡くれないから、来ちゃった」 くく、と笑うその声は、いつだったか、カラオケ店のトイレで聞いた、本城と名乗った男のものだった。 「な、んで…」 ここは学校で、部外者の立ち入りは厳重に管理されているはずの空間だ。 「ふっ、ライター舐めるな。今度、ここの野球部の取材をさせてもらう、っていうんで、ちゃぁんと出版社を通して入れてもらってるんだぜ?」 「っ…」 「翼っ、離れろ!振り切れっ。どうせそんなの、裏のルートを使って、出版社の名前を借りてるだけだっ」 こんな、野球部となんの関係もない、ひとけのない特別教室の廊下をうろついていたのがその証。 それは分かる。俺だって分かっている。 だけど。 「翼?」 「ごめん、藍くん」 「っ、貴様…」 「駄目だ、この人、本気だ」 豊峰からは多分見えない。 でも俺の脇腹辺りにチラリと見えているそれは、注射器のポンプで。 「劇薬…ですか?」 「まぁ、運が良ければ死なないんじゃない?」 それはつまり、致死量のなにか、ということに他ならなくて。 「っ、クソッ!」 俺と本城の会話から、状況を察したらしい豊峰が、ダンッと足を悔しげに踏み鳴らした。 「さぁて、じゃぁ大人しく付いて来てもらおうかな。そっちのキミも」 「どうして!藍くんは関係ないんでしょ?」 本城の狙いは火宮の情報で、用があるのは俺だけのはずだ。 「まぁ、ぶっちゃけ邪魔だけど。ここで自由にして、助けを呼ばれるのも困るからな」 「そんな」 「少しでも妙な動きをしてみろ。こいつが死ぬ」 チク、と小さな痛みを感じた脇腹に、俺の顔は多分完全に引きつった。 「ヤメロ!従う!黙ってついて行くから」 「いい子だ。そのまま俺たちの前を歩け。行き先は俺が指示する」 ちょうどそこで、授業開始のチャイムが鳴った。 「………」 ただでさえ、ひとけのない視聴覚室前の廊下。 授業中ともなれば、ますます人目につくことはないだろう。 何故か校内を隅々まで把握しているらしい本城に連れられ、俺たちはあまりに呆気なく、本城に拉致られていった。

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