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第390話

「どうしてこんな、強引なことをするんですか?」 この人は確か、裏社会の情報屋で、俺から奪いたいのは火宮に関する情報だけではなかったか。 学校から拉致され、目隠しをされて連れてこられたどこかの空きビルの事務所みたいなところで、俺は本城を睨みつけていた。 「うん?」 「火宮さんの情報を得るために、拉致までするなんて」 いくらなんでもやりすぎなんじゃ。 「くっくく、だって、きみ、携帯番号渡したのに、一回も連絡くれないんだもん」 「当たり前です」 「それに、きみにどこかで接触しようにも、きみの周りには四六時中護衛が張り付いていて、近くことすら出来なかった」 ツン、と口を尖らせるいい大人というのは、見ていて不快でしかない。 「それで、学校に侵入してこんな真似を?」 どんだけ火宮の情報が欲しいんだ。 「んー?いや、もう火宮刃について、知りたかった情報は別ルートで手に入れたよ」 ニタリ、と笑う本城の笑みは、ゾッとするほど下卑たもので。 「っ…じゃぁ何故」 俺を拉致した理由は。 「復讐」 あっさりと告げられた一言は、ただの音となって頭の中をぐるりと回った。 ふくしゅう。フクシュウ。復讐? 「っ!」 理解した途端、その言葉の響きの強さに、ビクリと身体が強張った。 「俺には、誰より、何より大切な親友がいたんだ。そいつはマトリで」 「マトリ…」 それはドラマとかで聞いたことがある、麻薬取締官というやつか。 「とある組織の潜入捜査で失敗して、命を落とした」 「っ…」 「直接殺されちまったわけじゃないよ。だけどただ、捜査中の組織から帰されたときにはもう、それは酷い有様でな。拷問に強姦、挙句にクスリ漬け。保護したときにはもう、完全に精神を病んでいて。療養にと入れられた閉鎖病棟で、狂気の中、自殺した」 っ…。 酷い話だ。だけどそれがどうして火宮と繋がる? 「ふっ、そいつは、とても優秀な捜査官だった。それが何故、組織に身バレし、凄惨な制裁を受ける羽目になったのか。俺はただその真実が知りたくて、真っ当なライターから、裏社会の情報屋になり、ずっとその事の真相を追い続けてきたんだ」 カタン、と簡素なパイプ椅子に腰を下ろした本城が、小さく1つ息をついた。 「そこに浮かび上がったのが、蒼羽会会長、火宮刃の名前さ。俺は火宮刃の情報を集めるために、きみにも近づいた」 「っ、それがこの前の接触…」 「あぁ。俺が知りたかった情報は2つ。1つは俺の親友の身元を組織にバラしたのは誰なのか」 っ、それが、まさか。 「くっくく、火宮刃。きみのオトコだった」 「っーー!」 「火宮刃は、たまたま敵対していたその組織に調査に入っていて、たまたまあいつの身分に気がついちまった」 「え…?」 「聞いたよ。きみのオトコ、火宮刃は、なんの損得も意味もなく、俺の親友の身元を、その組織のやつらにバラしたのさ」 「っ…」 「『あぁ、マトリのイヌを飼っているような組織じゃぁ、俺が潰すまでもなく近々潰れるな』と。俺の親友にチラリと視線を向けて、呟いた、そうだ」 カサリ、と本城がポケットから取り出したのは、皺になった古い写真だった。 「あいつはそんな火宮刃の呟きだけで、潜入がバレて拷問され…。そして死んじまった」 「………」 「俺の知りたかった情報の2つ目は、火宮刃の1番大切なものは何か、だ」 「っ!」 「火宮刃のイロで、本命だと言われていたきみなら、知っているかと思って近づいた。だけど、本当は聞くまでもなかったんだな。披露目式。まさか近々そんな催しが予定されていただなんて。火宮刃が、唯一と決めた相手の披露」 ゆっくりと、そこで1度言葉を切った本城が、憎しみのこもった視線を俺に向けた。 「火宮刃の1番大切なものは、きみだ。火宮翼」 っ…。 苛烈なオーラと、抑えもしない憎しみ。 人の深い負の感情に晒された身体が、ピリピリと総毛立った。 「俺の1番大切なものを奪った火宮刃」 「っ…」 「だから俺は、火宮刃の1番大切なものを奪ってやる。あいつを死に追いやった、火宮刃の」 燃え上がる憎しみの炎から、その『親友』が、本城にとって、どんな想いを向けていた相手なのかに気がついた。 「あなたはその人を…」 「はぁっ?アンタ、それってただの逆恨みじゃねぇか!」 不意に、それまで、車内で何か薬を嗅がされ、ここへ来てからも眠らされたまま、ソファに転がされていた豊峰が、目を覚まして怒鳴っていた。

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