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第415話

ふ、と意識が覚醒して、俺は知らぬ間に、リビングのソファーの上でうたた寝をしていたことに気がついた。 「ん…あれ。いつの間にかもう3時」 朝、1度起きた後は、また昼まで二度寝をして、お昼を食べた後はぼんやりとながらも起きていたと思ったのに。 「ふぁぁっ、そりゃ疲れてるよねー。でもだいぶ楽になった」 大きく伸びをした身体が、かなり軽くなっていることにホッとする。 腰の痛みもなくなり、ようやく普通に動き回れるか、と思ったところに、ふと玄関の扉が開く音がした。 「んっ?火宮さん?」 それにしては早いか。 「あ、浜崎さんか」 何か荷物かな、と思って、ソファから足を下ろした俺は、そのどちらでもない声が聞こえて、ピクリと動きを止めた。 「だからっ、俺は翼と一緒に家庭教師とか、いらないですからっ」 「ついでに見ておけと、会長のご命令なので」 ぎゃぁぎゃぁ叫ぶ豊峰と、相変わらず感情の起伏がない真鍋の声が聞こえてきたかと思ったら、ガチャッとリビングのドアが開き、そこから首根っこを引っ掴まれた豊峰が、真鍋に引き摺られて入ってきた。 「あー?」 「こんにちは、お邪魔いたします、翼さん。お加減はいかがでしょうか」 ニコリと、口元しか笑っていない真鍋の、作り物全開の笑顔が向く。 「あ、はい、もうかなりいいですが…って、まさか」 「はい。翼さんの体調がよろしければ、本日から欠席していた分のお勉強をいたします」 うげ。そういえば火宮とそんな話をしていたっけ。 「なにか?」 「あ、いえっ、よろしくお願いします」 やば…。 露骨に嫌な顔をしてしまった。 スゥッと細くなった真鍋の目に、慌ててにこりと笑みを浮かべた俺は、チラリと豊峰に視線を移した。 「で、藍くんは…」 なんでとっ捕まったみたいにここにいるんだろう。 コテンと首を傾げて問えば、真鍋はますます嘘くさい綺麗な笑みを浮かべた。 「会長のご命令で、豊峰の若も翼さんと一緒に勉強することになりましたので」 「はぁ」 「はぁじゃねぇっ。翼、断れっ。俺がいると邪魔だとかなんとかっ、頼む、俺は頼んでねぇっ。翼、助けろ。この人どうにかしてくれっ」 真鍋に捕まったまま、ジタジタともがいている豊峰が喚く。 「どうにかって」 ぐぇっ、なんて、首元が絞まっているのが苦しそうだ。 「今日っ、いきなり、帰ろうとしたら、なんでか幹部サマが門の前にいてっ。翼さんの家庭教師に向かうから、おまえも同行しろ、っていきなり拉致られてもっ…」 わけわからん、と叫んでいる豊峰が、真鍋の手から逃れようと必死だ。 「あはは、いいじゃん。楽しそうだから、一緒に勉強しよ」 「あははじゃねぇっ。はぁっ?やだよ!俺は勉強なんて」 「んー」 でも残念だけど藍くん。 火宮の命令は絶対で、それをそつなく遂行する真鍋には、どう足掻いたって敵うわけがないんだよ。 どうせ最終的には思い通りにされてしまうだろうから、抵抗するだけ無駄。 諦めなよ、と笑いながら、俺はストンとソファから下りた。 「ほら、ここ座って」 「若?」 ポンポン、と、隣を示した俺に、真鍋が便乗する。 「だぁっ、2人掛りとかずりぃ。なんで翼、幹部サマの味方すんだよっ」 プリプリ怒りながらも、ついに諦めたのか。真鍋の手が離れた豊峰も、もう逃げようとはしていない。 「え?だってそれは…」 豊峰も一緒なら、スパルタ家庭教師の目も分散して、俺もちょっと楽できるかも。なんて打算は言わない。 「一緒にやったら勉強がはかどるんじゃないかなっ」 「はぁっ?」 「それに学校みたいで楽しいし!」 「はぁぁぁっ」 にこっ、と、無邪気さ全開で言ってやったら、豊峰が諦めたように脱力して、ふらりと俺の隣に座った。 「では、よろしいようなので、始めましょうか」 「はーい」 いい子のお返事は俺だけで、豊峰はムッと不貞腐れている。 「あぁ翼さん。置きっ放しだった教科書類は、回収して参りましたので」 どさっ、と渡された、俺の通学鞄を受け取る。 そういえばあの拉致された日からずっと、そのまま学校に置き去りだったのか。 「ありがとうございます」 「いえ。それで、豊峰の若?おまえ、教科書は」 「え。んなもん、全部学校、ですヨ」 「………」 怖っ。 一瞬にして吹きつけた冷気に、向けられたわけではない俺が凍ってしまうかと思った。 「仕方ありませんね。おまえには、翼さんが欠席の間、なにがどこまで進んだのか教えてもらおうと思ったのに。翼さん、申し訳ありませんが、豊峰の若にも見せてあげて下さい」 「あ、はい」 じゃぁとりあえず数学でも、と。豊峰との間になる位置に教科書を出す。 「え?俺?…授業なんてマトモに聞いてねぇから、何がどこまで進んだかなんて聞かれても…」 知らない、と最後まで言わせてもらえずに、真鍋の冷たい冷たい視線に射抜かれた豊峰の口がピタリと閉じた。 『藍くん、藍くん、あまり真鍋さんを怒らせない方がいいよ』 ツンツンと、固まっている豊峰の脇腹を肘でそっと突いてやる。 「あ、うん…」 『この人、怒らせると、体罰とか普通にしてくるからっ』 ヒソヒソと、こっそり忠告してあげている俺の向かいで、真鍋のそれはそれは綺麗な笑みが炸裂する。 けれどそれは、完全に作り物の悪魔の笑みで。 「先に忠告しておく。翼さんはご存知だろうが、弛んだ態度や舐めた言動には、私は体罰も辞さないので」 「っ…」 どこから取り出したのか。 指示棒をピシリと手のひらに打ち付けた真鍋に、俺はおろか、豊峰がひぃっ、と震え上がったのは、言うまでもない。

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