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第436話

その提案が、どれほど自分の首を絞めることになるかなんて、そのときの俺はまったく想像もしていなかった。 「で?」 「う…。あの、えっと、その…」 その夜、帰宅した火宮に、さっそく夏休みのそのプランを話したら、途端にものすごい不機嫌オーラを纏った火宮に睨まれた。 「クッ、俺にはまったくメリットのないその提案を通そうとするんだ。見返りの1つや2つや3つや4つ、あるんだろうな?」 ギロリと睨み据えられて、うっかり縮み上がりそうになる。 だけどすでに言い出してしまった手前、ここで引くわけにはもういかない。 「み、見返りは…」 「ふっ、欲のないおまえが、たまにしてくるおねだりだ。中身はともかく、聞いてやりたい気持ちはあるがな」 ギロリがニヤリに変わった火宮は、すでに自分の完全有利を確信していて、どこか愉しげだ。 「っ…」 「ククッ、そのプランが実現するかどうかは、おまえの交渉術次第だぞ?翼。ん?」 俺をオトしてみろ、と挑発してくる火宮に、俺はギリッと奥歯を噛み締めて、ぐっと腹に力を入れた。 「ふぇ、フェラ…します…」 羞恥から、カァッと頬を熱くしながら、俺は震える声を絞り出した。 「足りないな」 「っ!」 このどS! 浮かんだ暴言は、口に出す前になんとか思い留まった。 「ん?」 「っーー!じゃぁっ、は、裸エプロンも…」 「ほぉ?だがもうひと声」 う。俺の立場が圧倒的に弱いと思って…。 そこにつけ込んでくる火宮は、さすがヤクザだ。 ぎゅぅ、と震える拳を握り締め、俺は羞恥と屈辱を堪えて、掠れた声を絞り出した。 「じ、ぶんで、後ろ…する…」 「クッ、いいだろう。ただし、玩具でやれ」 「っ!」 反射的に左右に振りかけた首は、強い意志の元にどうにか抑え込んだ。 「あとローションを入れさせろ」 「入れッ?………はい」 そんな!と、口から出かかった声は、ニヤリと俺が音を上げるのを期待しているだろう火宮の視線を見て、ぐっと飲み込んだ。 「ククッ、おまえが自らそこまでな。ふっ、いいだろう。今回はおまえの我儘を聞いてやる」 「本当ですか?」 「あぁ。護衛の面々に加え、豊峰の小僧とどこぞの警察官僚の息子だな。あとは夏原か。あいつには、おまえが声をかけておけよ」 「はいっ!」 ヤッター! ほらやっぱり、いいって言わせたもんね。 「ククッ、ならばさっそく、その見返りをもらおうか?」 着替えて来い、という火宮の、サディスティックな目を見てハッとした。 要求に頷かせることばかりに必死で、あれこれと自分を差し出す条件を重ねていった挙句…。 「あれ?これなんか、いつものお仕置きより悪くない?」 裸エプロンでの奉仕に、ローションを入れての自分で玩具…。 「ククッ、今さら気づいてももう遅い」 「っ!」 「せっかく2人きりの夏休みの休暇を楽しむはずのところが、まさかの大量の邪魔者と共にバカンス、だもんな?」 あ…。今さら思い出した、この人の並大抵じゃない嫉妬心と独占欲の強さ。 「っーー!」 まさかこれ、うっかりそれを忘れて、火宮に不都合な提案をした俺にお仕置き? 「ククッ、俺は仕置きだなんて、一言も言っていないぞ?全部おまえが自らやると言い出したことだろう?それともやっぱりやめるか?」 「っ、それは…」 「まぁ、今さらやめると言い出したところで、1度そんな俺に悪い提案をしてきた仕置きはきっちりするがな」 それじゃぁもう、むしろやめ損じゃないか。 ニヤリ、と弧を描いた口元と目が、完全に嗜虐的に笑っていた。 「や、やりますよっ。男に二言はありませんからねっ!」 キッと火宮を睨みつけ、俺はわざとドカドカと足音を立てて、キッチンへと洗ったばかりのエプロンを取りに行った。 『ククッ、まぁバカンス先で、真鍋と池田たちに協力させて、邪魔者たちを排除して2人きりになることなど容易い。ふっ、今夜も楽しめて、当日も思い通り。俺には美味いだけの話だ』 リビングに残った火宮がこっそりと呟いた言葉を俺が知るのは、旅先で事が起きてからの話だった。

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