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第452話
*
「んっ。ふぁぁっ…」
ふわりと緩やかに意識が浮上する、幸せな朝の目覚め。
ゆるゆると開いていった目の前に、穏やかに笑う火宮の美貌があった。
「起きたか。おはよう」
「っ!」
なにこれ。幸せ…。
思わずへにゃりと緩んでしまう顔が止められない。
「ククッ、なんだ。だらしのない顔をして」
「だらっ…ふんだ。火宮さんは朝から意地悪な顔ですねー」
嘘だけど。
愛しいって想いがダダ漏れのその表情は、本当、ズルい。
思わず憎まれ口も漏れちゃうよ。
「クッ、朝から暴言か?仕置きか?」
「言ってないっ!」
むにゅっ、と鼻を摘まれて、ニヤリと笑われる。
「ククッ、ほぉら」
「ふはっ、苦し…ッ」
んんーっ!この人は…。
酸素を求めて開いた口がすかさず覆われて、舌が入り込んでくる。
「んっ、んぁ、っは…」
クチュッ、チュルッと深いキスを与えられ、ツゥーッと互いの間に唾液の糸が引いた。
「っはぁ、バカ火宮ぁ…」
朝っぱらから、なんて濃厚なキスをするんだ。
「ククッ、だから、そういう暴言の仕置きだと言っているだろう?」
懲りないな、と目を眇める火宮に、俺は慌ててガバッと身体を起こした。
「って裸ーっ!」
しかも、全身の至るところに散ったこの鬱血痕の多さはなんだ。
「どんだけですかっ」
そういえば確かに、昨日はやたらとキスの雨を降らされた記憶はあるけれども。
「ククッ、照れたり怒ったり、慌てたり驚いたり、忙しいことだ」
本当に、飽きないな、と、声を上げて笑う火宮が、あまりに楽しそうで、俺は息を飲んだまま、何も言えなくなってしまった。
「っーー…」
「ククッ、好きだぞ、翼」
「本当、ずるいっ!」
片肘を立てて頭を支えて、ゴロリと横になったまま、愉しげに見上げてくるその目。
漆黒の瞳に映る俺が、へにゃんと変な顔をしているのが見える。
「クッ、さて、俺もそろそろ起きて支度をするか」
「お出掛けですか?」
日曜なのにな。
「おまえもだ。早く支度をしろよ?」
「へっ?」
「夏休み。別荘へ行くんだろう?必要品やら、おまえの水着を見に行くぞ」
「えっ」
のそりと起き上がった火宮が、やっぱり堂々とした裸体を惜しげもなく晒す。
「っ、ちょっと!」
「ククッ、今更裸くらいで、照れるような間柄ではないだろう?」
「そ、そうですけど、それとこれとは別っていうか…」
互いの裸なんて、それこそ見慣れてはいるけれど、夜の営みのときに晒すそれと、こうして朝の陽射しの下でただ見るそれとは違う。
「ククッ、いつまでも初心なことで」
「っーー!馬鹿にして…」
「可愛いと褒めているんだ」
「そんな意地悪な目をして言われても、信じませんからねー。揶揄っているだけのくせに」
プクッとむくれて見せた俺に、クックッと喉を鳴らしながら、火宮が素っ裸のままクローゼットに消えて行く。
「だからっ!もう…。そりゃ、美術品みたいな、綺麗で整った身体をしているけどさ…」
って、ヤバ。
火宮の身体を変に評してしまったら、ムラッと欲情が湧き上がってしまった。
「翼、おまえもさっさと支度をしろよ?デートの時間が減るぞ」
「っーー!は、は、はいっ。すぐにっ」
クローゼットから飛んできた火宮の声に、俺の状態が見透かされたかと思ってドキドキした。
「支度、支度!って、え?デート?」
そうか、水着を見に行くっていうのは、ショッピングで、そうしたらきっと食事もだろうし…。
「そっか。デートか」
ぽわん、と浮かれてふわふわしてしまっていたら、休日仕様のスタイリッシュな私服を纏ってクローゼットから出てきた火宮に、ものすごく怪訝な目で見られてしまった。
「おまえこそ、いつまで素っ裸でいる気だ…」
ベッドに沈め直すぞ?と、サディスティックに目を細める火宮にハッとして、俺は慌てて寝室を飛び出して、洗面所に走った。
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