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第454話

「っ、あの、火宮さん、これ…」 「なんだ」 「なんだ、じゃなくてですね」 火宮が持ってきた水着をくしゃりと握り締め、俺はキッと火宮を睨み付けた。 「なんだ。それはお気に召さないか?」 「っーー!」 気に入るとか気に入らないとかいう以前に、さっきから火宮が選ぶ水着は、極端に布地が少なかったり、どう見てもピチピチにフィットするようなビキニだったり、何故その色にした?というような、ド派手な配色のハイレグビキニだったりとか。 「まともに選ぶ気ないですよねっ?」 「ククッ、俺はいたって真剣だが」 「んな…」 目まで完全に笑っていて、どの口が言う。 「ふざけるのもいい加減に…」 「クッ、ではこれは?」 「だからもう…え、格好いい!」 ニヤリ、と笑う火宮が、スッと次に差し出したのは、青地に白のワンポイントボーダー、小さな虹色のワンポイントのロゴがついている、お洒落なサーフパンツだった。 「わっ、翼…」 火宮から受け取ったそれを眺めて、何気なくひっくり返したときだった。 腰のゴムの下、ちょうど尾骶骨の上辺りに来るだろう位置に、ちょこっと描かれた一対の羽。天使の翼のように見えるそれは…。 「ククッ、どうだ?」 「っ…」 「気に入ったのなら、試着してみろ」 クックックッ、と喉を鳴らす火宮は、俺の内心など丸わかりのようで。 「もう本当、ずるいですよね」 散々ふざけて人をおちょくっていたくせに。ちゃっかりまともなものも選んでいてくれているし。 しっかりタイミングを狙って、こうして差し出してくるんだもんな。 しかもバッチリ、ツボをついている。 そんな火宮に、俺は翻弄されまくり。なのに嫌じゃない。 「ククッ、どうした?自分で着られないなら、手伝ってやろうか?」 ニヤリ、と笑った火宮が、フィッティングルームに俺を押し込み、上着に手を掛けてくる。 「えっ?ちょっ、は?これ水着!下に履くものでっ、上は脱ぐ必要が…」 待て、待て、待てぃ。しかも上半身は、その、昨日のアレで赤い痕が大量に残って…。 「ククッ、どうせなら、全身でフィッティングした方がいいだろう?それに、ラッシュガードもついでに試着しろ」 ほら、と、これまたセンスのいい、サーフパンツにも似合いのパーカータイプのラッシュガードを差し出された。 「あの…」 「ふっ、おまえの白く滑らかな肌が、夏の海の陽射しで焼けたり、火傷にでもなったりしたら大変だ」 「っ…」 「それに、おまえの悩ましい2つの胸の飾りや可愛いへそ、その素肌を見せていいのは俺にだけだ」 ニヤリ、と笑み崩れた火宮にガックリとなる。 俺は男だし、どんだけ過保護だ、と思ったけれど、本音はそっちか。 「まぁ、日焼けで痛い思いをしないのは助かりますけど…Tシャツの上から試着しますからねっ!」 上に羽織っていたシャツを火宮に押し付け、そのままグイッと火宮をフィッティングルームの外に押し出す。 「チッ…」 凶悪な舌打ちが聞こえて、一瞬ビクリとしたけれど、俺は構わずバタンと扉を閉じていそいそと水着を試着した。 「あのぉ…」 「着られたか」 「あ、はい…」 そぉっとフィッティングルームの扉を開け、チラリと外に顔を出す。 すぐ横の、仕切りの壁に腕組みをして寄りかかっていた火宮が、ゆっくりと振り向いた。 「ほぉ。似合うな。いいんじゃないか?」 スゥッと目を細めた火宮が、俺をつま先から頭の先まで一通り眺めてから、満足そうに頷く。 「っ、はい。これに、します…」 自分でも満更ではないと思っていたし、何より火宮が選んだものにやっぱり間違いはない。 「ククッ、サイズもいいな?」 「はいー」 本当にね。どうせ、おまえの身体の隅々まで、俺が1番良く知っている、とでも言いたいんでしょ。 嫌味なくらいちょうど合うものを選んでくるもんなぁ。 「ふっ、その目」 「っ!お、俺は何もっ、言ってませんからねっ」 「ほぉ?」 っ…。サディスティックに歪む、その口元にゾクッとなる。 「こ、これに決めたのでっ!き、着替えてきますっ」 ゾクゾクと感じた嫌な予感に、俺は慌ててフィッティングルームの中に引っ込み、これまた乱暴に扉を閉めて、慌ただしく服に着替え直した。 「クックックッ」という、なんとも愉しげで可笑しそうな火宮の押し殺した笑い声が、外から聞こえてきたのは、多分気のせいではなかった。

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