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第455話

そうして無事…というには微妙に語弊があるけれど、どうにか水着を購入した俺は、火宮と共にランチのお店に向かっていた。 「ねぇ、そういえば火宮さんはよかったんですか?」 「俺?」 「はい。水着」 俺のものだけ見繕ってくれたけど…。 「ふっ、俺が海水浴?」 「あー…」 確かに似合わないけどね。 ヤクザな火宮さんと、健康的な海での遊び…。 「おまえはな…」 「えっ?あ、俺、口に…」 「相変わらず、よく滑る口だ」 「っ、だ、だって火宮さんだったら、海は処分する人間を沈めるところだ、とか言いそう…」 って、やば。 俺、なにをさらにうっかり失言を重ねているんだ。 隣の火宮のオーラが、スゥッと冷ややかになってハッとした。 「あ、や、そのっ、じゃ、じゃぁ火宮さんはっ、俺が海で遊ぶ間、何を…」 「ククッ、暴言の仕置きは夜に持ち越すとして、別に、パラソルの下ででも、翼のはしゃぐ姿を眺めているさ」 「ごめんなさい。え、でもそれって、つまらなくないですか?」 せっかく海に行って、それ? 「そうでもないさ」 「えー。じゃぁアレ!砂遊び!一緒にやりましょうよ。大きな山を作って、両側からトンネルを掘って行って、真ん中で握手するんです」 楽しいだろうなぁ。 「ククッ、ガキ」 「むー。じゃぁいいですよー。火宮さんなんて、砂浜に寝かせて、砂で埋めちゃいますから」 んべぇ、と舌を出してやった俺に、火宮の目がゆっくりと弧を描き、クックッと声を上げて笑い出した。 「やれるものならやってみろ」 「絶対にできないと思ってますよね?」 まぁ、俺も出来るとは思わないけど。 「ククッ、まぁおまえがバカンスを楽しみにしているのはよく分かった。それよりほら、着いたぞ」 「あっ、このお店!」 この間、テレビで見て、すごく美味しそうな料理を出すお店だなって気になっていたところだ。 「ようこそお越し下さいました、火宮様。お席のご用意はできております」 スッと入り口に火宮が立った途端、黒いスーツの、位の高そうなおじさんが、深々と頭を下げて俺たちを出迎えてくれた。 「えっ?えっ?」 「ククッ、この間、テレビを見ながら、食べたそうにしていただろう?」 「まさか気づいて…」 「ふっ、涎を垂らして、あんなにテレビ画面を凝視していればな」 「なっ…垂らしてませんよ!」 でも、見てたのか…。 それで俺が興味を惹かれたことに気づいてくれて、このお店を選んでくれて、しかもこの様子はバッチリ予約済み。 本当、抜かりなくてスマートで、ずるいったらない。 「クッ、ほら、ぼさっとしていないで、入るぞ」 こちらです、と丁寧にエスコートしてくれるおじさんに続いて歩いていけば、いちいちすれ違う店員さんたちが、さっと道を開け、立ち止まって深々と頭を下げてくる。 「っ…」 「どうした?」 「いえ…。な、なんか、扱いが…」 やけに丁寧過ぎないだろうか。 「ククッ、いいと言うものを、わざわざVIP待遇だからな」 「ほぇ?」 「いえいえ、火宮様に失礼があってはいけませんから。なにせあなた様は、ご出資いただいているオーナー様なのですから」 にこりと品良く微笑んで、「こちらです」と、個室の入り口を示したおじさんに、俺は目を丸くした。 「出資者?」 「表の会社の方でな。経営に関わっている」 「ほっぇぇ」 なんかの会社社長をしているとは知っていたけれど、こういう飲食店経営まで手掛けていたのか。 「ククッ、味も品質もサービスも保障できるはずだ。ゆっくりと楽しめ」 スッ、と個室の中の席にエスコートしてくれた火宮にトテトテと従ったら、案内してくれたおじさんが、目を瞠ってギョッと顎を引いていた。 「え?」 「いえ…。それでは、ご用の際はなんなりとお申し付けください」 「クックックッ」と含み笑いしている火宮はなんなのか。 俺は、おじさんが個室から出て行ったのを見届けて、さっそくいそいそとメニューを眺め始めた。

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