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第456話
*
「んーっ、大満足」
美味しい料理をこれでもか、というほど注文し、すっかり堪能した俺は、満腹感と幸せに浸りながらお腹をさすった。
「ククッ、それはよかった」
「はいっ。どれもこれも全部、とっても美味しかったです」
「そうか。そうマネージャーに伝えておく」
にこりと、珍しく穏やかに目を細めながら、火宮がゆったりと足を組み替えた。
「っ、マネージャーさん?もしかしてさっきの」
「あぁ。ここへ案内してきた男だ」
「どうりで…」
品が良くて、地位が高そうで、店員さんたちみんなが頭を下げてきたわけだ。
「ククッ、どうした」
「いえ。火宮さんは、やっぱりやり手の社長さんなんだろうな、って」
こんな、どうみても流行るお店を所有しているわけだし。
「ふっ、見直したか?」
「えー」
「おまえの男は、いい男だろう?」
「自分で言っちゃうところがなー。しかも意地悪だし、どSだし、裏の顔はヤクザだし」
ツン、と横を向いて、暴言を並べる俺に、火宮が楽しげにクックッと喉を鳴らした。
「照れ隠しはほどほどにしておけよ」
「っーー!」
だからなんでそう見破るかな。
本当、敵わない。確かに完璧な男ですよー。
まぁ口が裂けても言わないけどね。
「さてと。腹が満たされたようだし、そろそろ行くか」
「はい」
「で?映画に行きたいんだったか?」
この後はどうする?と、食事中に火宮に聞かれて、そう答えていたんだった。
「はい」
だってなんか、デートの定番って感じだし。
「ククッ、ホラー映画にするか?」
「え!やですよ!やっぱりベッタベタな恋愛モノでしょう」
「………」
「ぷっ…」
その露骨に嫌そうな顔。
「あはは。冗談です」
「おまえはな…」
「意地悪言うからです」
仕返しだもんねー。
「おまえも言うようになったじゃないか」
「ふふ。あっ、じゃぁ、探偵モノのアニメはどうですか?」
「アニメ?」
「大人にも人気なんですよー」
俺は好きで観たいけど。
「アニメね…」
やっぱりヤクザな社長サマの火宮様に、アニメはなしだろうか。
「無理なら、アクションモノとかサスペンスでもいいですけど」
それはそれで好きだし。
「ふっ、せっかくだ。おまえが観たいものを観ればいい」
なんでも付き合うぞ、って。
本当、出来た男だな。
「じゃぁ、劇場に行ってから決めます」
「分かった」
じゃぁ出るか、と、やっぱり完璧なエスコートで、料理店を出る。
これまたやっぱり、マネージャーがわざわざ出口まで見送りに出て、深々と頭を下げていた。
そうして映画を観に行き、帰りに少し街ブラをして、俺は大満足で帰途についていた。
「ククッ、今日は楽しかったか?」
「はい!それはもう」
水着選びのショッピングから始まり、美味しいランチに、映画に、その後の街ブラ。
「明日から後少し、夏休みまで学校頑張れそうです」
「ククッ、それはよかった」
「あ、でも火宮さんは、休暇までずっとお仕事ですよね?」
「あぁ。休暇のために、どうせまたあの鬼が、これでもかというほどスケジュールを詰めてくるだろうよ」
スパルタ秘書め、と苦い顔をする火宮に、思わず笑ってしまう。
「ふふ、真鍋さん、容赦なさそうですもんね」
「まったくな」
「でも、無理しないで下さいね」
そりゃ、休暇にお出かけは楽しみだけど、それで火宮が体調でも崩したら大変だ。
「ククッ、俺がパンクしないギリギリの匙加減で采配を振るうのがあいつだ。まったく、有能だよ」
完全な嫌味に、俺も苦笑してしまいながら、そっと隣の火宮に寄り掛かった。
「どうした。眠くなったか?」
「ん、いえ…」
ククッ、と喉を鳴らした火宮が、片手だけハンドルから手を離し、俺が寄り掛かりやすいようにしてくれる。
「今日は、ありがとうございました」
「ふっ、改まって、どうした」
「いえ。とても楽しかったから。俺は、火宮さんに出会えて、本当に本当に幸せです」
こんなに心が満たされていること、どうやったら伝わるかな。
「ククッ、それは、俺の台詞だ」
ニヤリ、と笑った火宮が、スーッと赤信号で止まり、グイッと俺の方へ身を乗り出してくる。
「久々に、ゆっくりとおまえと過ごせて。いい休日だった」
ふわっと火宮の香りが鼻を掠めて、ゆっくりと近付いてきた唇が、夕闇に溶けていく景色の中、そっと優しく重なった。
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