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第459話

「当面の間、翼の護衛を増やせ。おまえもつけ」 「っ、はい。ですがそれは…」 「やられた者たち。あいつらがうちの人間だと確認した上で、ボコボコにリンチしてくれたそうだぞ」 「っ…」 ピリッと、さらに鋭利なオーラを池田が纏ったとき、静かなノックの音が割り込んだ。 「失礼します」 スッと頭を下げながら入ってきたのは、相変わらず無表情な真鍋で。 「どうだ」 主語も目的語もない、端的すぎる火宮の言葉に、真鍋は静かに顔を上げた。 「1名は軽傷。もう1名は、瀕死の重傷です。意図的に致命傷は負わされてはおらず、恐らく、ギリギリ殺さずに痛めつけた者を、うちに戻らせることが目的だったのだろうと」 「ふん。誰だ、そんな、うちに喧嘩を吹っかけてきた相手(バカ)は」 「武良一家」 「ほぉ?」 スゥッと鋭く目を細めた火宮が、ゆらりと漆黒のオーラを立ち上らせた。 「先日、俺が武良の密輸ルートを潰した恨みか?」 「そうでしょうね。ですが、多分背後に…」 「黒幕は、輝流会か」 ニヤリと器用に片方だけ口角を上げた火宮が、鋭く苛烈なオーラを身に纏った。 「やつらが、さすがにそこまで愚かだとは思わなかったが…」 「ついに動き出し、うちに宣戦布告をするような真似」 「愚の骨頂だな」 ハッ、と吐き捨てるように言って、火宮が鼻を鳴らした。 「っ、ひ、みや、さん…」 思わず震えた声が漏れる。 「あぁ、翼。おまえに分からない話で不安にさせているな」 ふわり、と、途端に緩んだ火宮の気配にじわりと泣きたくなった。 「大丈夫だ。おまえが心配することは何もない」 「だけど…」 「ちょっとした行き違いだ」 だから案ずるな、と頭を優しく撫でられて、少しだけ気が緩んだ。 「行き違い…」 「あぁ」 「その、きりゅうかい?というのは…」 「うちと同じ、七重組傘下の2次団体だ。下に、名の上がった武良一家を抱えている」 「むらいっか…」 同じ七重組傘下と言う割に、火宮の口調はあまり好意的なものではないように感じた。 「あぁ。輝流会はな、会長の霧生からして、俺と友好的とは、お世辞にも言いがたいところでな」 「はぁ」 「同系同格の組織なのに、俺の方が親父との親交も深く、資金力も運営力もあるから気に食わない、とな。何かと言っては目の敵にしてくれているやつだ」 「そう、ですか…」 ようはおんなじ会長さんなのに、火宮に何もかもが敵わないから妬んでいるってことか。 「どうにかして蒼羽会(うち)を出し抜きたくて仕方がなくて、俺を追い落として七重(うえ)に食い込みたくて必死な輩だ」 「それは…」 「ククッ、俺は別に、七重(うえ)で重職につこうとも、親父に取り立ててもらいたいとも思っていないのにな」 はっ、と吐き捨てる火宮のそれと、霧生という人の考えが行き違っているというのは、なんとなく分かる気がした。 「でも…」 「あぁ。向こうにはそんな俺の考えは意味がないらしい。しかも、その俺が、つい先日、もののついでに、武良一家の密輸取り引きのルートを潰したからな」 「は?」 それって…。 「武良一家のシノギのメインを奪い去った。七重組(うち)ではご法度の、銃器の密輸なんかに手を出すからだ。まぁそのせいで上納金が激減しただろうし、親父には目を付けられた。ますます敵対心に火がつき、俺を敵視する気持ちに拍車が掛かったというところだろう」 「っ…」 そんなあっけらかんと…。 「それで武良のうちへの恨みを利用して、煽ってけしかけた、という話だろうな。なぁ真鍋?」 まったく呆れたものだ、と目を眇める火宮に、真鍋が静かに頷いた。 「っ、ひ、みや、さん。それって火宮さんが危なく…」 「ふっ、大丈夫だ。俺や、俺の身内には、これ以上の手出しはさせない」 「っ、ん…」 「それに、これはむしろ好機だな。せっかくやつらから仕掛けてきた戦争だ。ここで一丁、余計な火種は完膚無きまでに叩き潰す」 「っ…」 ブワッと火宮から湧き立ったのは、思わず俺でも一瞬怯むような、嬉々とした苛烈なオーラで。 「翼、だからおまえは何も心配せずにいていい」 「っ…」 「真鍋。やつらの動きを監視して、変化があれば報告を上げろ」 「はい」 「翼の護衛は池田に指示した通りだ」 「はっ、会長」 冷然と目で頷いた真鍋と、恭しく頭を下げた池田に、火宮の口元が緩く弧を描いていく。 「うちに喧嘩を売ったこと、心底後悔させてやる」 に、ぃっ、と鮮烈な笑みを浮かべた火宮は、やはりヤクザの親分だったのだ、と改めて認識するような、威厳と貫禄に満ちていた。

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