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第462話

「うっ、痛たた…」 肩とか腕とか胸とかに鈍痛を感じながら、俺はゆるゆると目を開いた。 ん?暗い…? いや、一瞬暗いと思ったのは、池田の胸にがっちりと抱きしめられていたせいで。 「っ、い、けだ、さ…」 そっと池田の腕の中で顔を上げ、抱擁から抜け出そうと手を突っ張ったら、ヌルッとした感触が走ってギクリとした。 「っ?!血…」 慌てて目線を上げれば、額から血を流す池田の顔が見えた。 「っ、池田さんっ!」 「うぅ…つ、ばさ、さ、ん…?ご無事で、す、か…」 ゆるゆると、閉じていた瞳を開け、呻くように、けれど確かに言葉を発した池田にホッとする。 「俺はおかげさまで!だけど池田さん…」 「ご心配、ありま、せ…すぐに、真鍋かん、ぶ、に連絡…」 スマホを取り出そうとでもしたのか。わずかに身動いだ池田が、再び呻いて顔をしかめる。 「折れ…て、いる、のか…」 「っ?!腕?ッ…連絡なら、俺が」 だからどうか安静にしていて。 池田の腕を気遣いながら、そっとその中から抜け出した俺は、ポケットからスマホを取り出そう…として。 「っ?!……んむっ!」 いきなり、ガチャッと外側から開いたドアから、ヌッと腕が伸びてきて、羽交い締めにされるのと同時に口を塞がれ、車外に引き摺り出された。 「んーーっ!」 口に貼られたのはガムテープか。 ピリピリと皮膚が引き攣る。 「ッ!つ、ばさ、さ…っ、待てッ……うぐぁぁっ!」 「んんんんーっ!」 俺を助け戻そうと手を伸ばしてくれた池田が、襲撃者らしい人間にガツッと車内に蹴り戻されてしまう。 「池田さんっ!」と叫んだ声は、くぐもった音にしかならず、ただでさえ満身創痍の池田は、意識が遠のいたように一瞬フラついてシートに沈んでいる。 「っく、はっ、つばささ…っ、待、て…」 それでも必死に気を取り直し、ズルズルと這うようにしてこちらに手を伸ばした池田の前から、俺の身体はあまりに容易く襲撃者の手に引き寄せられてしまった。 「っ…んんんんっ」 池田さんっ! 刃っ。 ……お、い、かわ、さん…? 車から遠ざけられ、その全容が俺の目に映る。 これ…現実…? 鈍く痛む胸や腕が、そうだと答えるその横で。 どうか夢であってくれと願う心が張り裂ける。 「っ…んんんっ」 そんな。 ひしゃげた車体のその運転席。 ハンドルと座席の間に挟まれた及川の身体が、グッタリと項垂れてハンドルに凭れている。 その顔は青褪め、瞼は閉じられピクリとも動かない。 「んんんっ…」 嘘だ。 頑丈な車だって聞いていた。 及川のドライビングテクニックは相当なものだって。 池田だってヤクザの幹部になれるくらい、強くて身体も鍛えていて…。 嘘だ…。 なのにどうして事故なんて。 どうして池田さんは命からがら呻いているの。 あんなに潰れた車の中で…。 どうして俺だけが無傷で…。 「先にスマホを取り上げろ。発信機がないかボディチェックもだ」 不意に、低く冷徹な声が聞こえたかと思ったら、ごそり、とポケットを探られて、スマホがスルリと奪われた。 「ふっ、さすが、火宮会長の掌中の珠だ。細工され、大事故を起こした車内にあっても全力で守り抜かれる。計算通りだ」 「んんっ…」 なに。だれ。 ズルズルと連れて行かれる身体が、別の車の前に立たされた。 後部座席のドアが開いていて、スーツと綺麗な革靴の足元だけが見える。 「クスッ、火宮会長の至宝。火宮翼くん、ようこそ」 スゥッと軽く外に向けられた、車内のその人の顔が、一瞬だけ光に当たって視界に入る。 「っ!」 綺麗で明るく、華やかな美貌が見えた、と思った瞬間、視界がスッと闇に閉ざされた。 ………っ! アイマスクだ、と分かったときにはもう、その車の中にドサッと身体を押し込まれていて。 グイッと後ろに回された両手に、ガシャンと金属の輪が嵌められた。

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