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第475話

「ど、ういう意味、ですか…?」 及川を首にすることが、火宮の心遣いで温情? まったくもってそう感じられない処分に、疑問ばかりが募る。 その疑問をそのまま真鍋にぶつけた俺に、真鍋の小さな溜息が落ちた。 「はぁっ。会長は、あなたを苦しめまいと、伏せておくつもりだったようですけれどね」 「俺を、苦しめる…?」 それって…。 「及川は、重傷でした」 「はい」 「事故による後遺症が残るほどに」 「っ!」 そ、れは…。 「もう、以前のように運転をすることは不可能です」 「っ、そんな…」 命と意識はある。 火宮がそう教えてくれた言葉の裏に、そんな事実が隠れていただなんて。 ショックで言葉を失くしてしまった俺を、真鍋が無表情に見つめてきた。 「その及川が、そのような身体状況になった上でさらに、あなたが拉致されてしまったのは自分の責任だと。車を安易に離れた自分のせいだと。どんな処罰も責任も負うと…。命をも償いに差し出すという勢いでしたので」 「っ!そんな」 そこまで…。 「もともとは責任感の強い男です。それが、今回些細な判断ミスをした。その自分が許せず、相当に自身を責め切っておりましたので」 「っ、だって、でも…」 「えぇ。ですから及川は、うちを破門とし、田舎に帰らせることにしました」 「っ…」 ど、う、して…。 「会長も、私も、そうまでなった男に、許しを与えてやらないほど冷血なつもりはありません」 「だったら!」 だったらどうして許すと、そのまま蒼羽会にいていいと、言ってあげないんですか…。 真鍋の言葉の矛盾の意味がわからずに、俺はギリッと真鍋を睨み上げた。 「はぁっ…。及川は、もう2度と、これまで通りに運転をするのは不可能だ、と言いましたよね?」 「っ、はい」 それがなに。 「あなたは、及川が、自分を責め抜く中、生きることを許され、その上さらに、元のように運転手にも戻れず、もう構成員としての未来もない身体でうちに残り、惨めな立場に立ち続けろと、言うことができますか?」 「え…?」 「及川を許し、うちに置き続けるということは、及川に、終わらない一生の罰を与え続けるということです。終わりのない責め苦に、ずっと晒し続けるということを意味するのです」 「っ、そ、んな…だから」 火宮は及川を、首にしたということか。 自分を責め、罰を求める及川に、命を奪う一歩手前の精一杯の咎めを。 許しの代わりに処罰を。一生苦しませないために蒼羽会からの解放を。 「っ…ひ、みや、さん…」 あぁ、あなたはやっぱり優しくて、ちゃんと情に厚い人だった。 及川を責める言葉をいくつも吐きながら、本当は及川を救いたくて。 そして俺を、救ってくれようと…。 「俺の、責任でもありますね」 「翼」 「俺も、有事だと知りながら、安易にコンビニになんか寄らせたんです」 そうしなければもしかして、起きることのなかった拉致事件かもしれないんだ。 俺のせいで事件が起きたといっても、過言じゃない。 「そのせいで及川さんが不自由になったことを、俺に知らせないために…」 あなたは、自分が1人悪者になって。 「傷つきますよ、俺は」 あなたが危惧したように、やっぱり及川の処分も未来も、俺の責任がゼロではないと思うから。 「だけど、ちゃんとちゃんと感謝もしてます」 「翼…」 「及川さんはその身を犠牲にしてでも、やっぱり俺のことをちゃんと守ってくれたと思うから。結果は拉致されてしまいましたけど、それでも俺の身に、事故による傷は何一つついていないんです」 「………」 「だから、お礼を言わせてください」 去り行く人に、許しではなく感謝を。 「翼っ…」 「俺を、攫わせてしまった罰を失くせとも与えるなとも言いません」 「翼」 「この先苦しいだけの蒼羽会に残ってくれとも言いません。だけどただ、俺はあなたが好きでしたと。ありがとうございましたと。それだけ、言わせてください」 火宮はそれを許してくれるだろうか。 俺にできる償いは、ただその気持ちを伝えることしかできないから。 「俺は姐です。蒼羽会の、あなたのパートナーです。他から見て、このやり方は、きっと間違っているんでしょう。だけど俺は、俺らしくいたい。これが、蒼羽会会長、火宮刃のパートナー、火宮翼のやり方です」 火宮たちの考えの元、火宮たちの世界のルールに、俺が口を出すことはしないよ。 ミスをした構成員を赦せと、俺が火宮に乞うことはない。 だけどただ、俺は俺の想いで、構成員さんたちを大切にしたいから。 「ハッ…おまえは、本当に」 「だから、大丈夫だと。申し上げたでしょう?」 額を押さえて天井を仰ぎ見た火宮と、緩く目を細めて珍しいドヤ顔をした真鍋が、くつくつと笑いだした。 「まったく、敵わん。どこまで強い。どこまで眩しい」 「火宮さん?」 「あなたがお選びになられた方です。この程度のご反応、当然のことと思いますが」 「真鍋さん?」 急に笑い出した2人は、一体なんなんだ。 「好きにしろ」 「っ、火宮さん」 「だが翼。俺以外の男に告白させろというのは、一体どういう了見だ?」 「へっ?」 「及川に好きと、さすがにその発言は、会長の手前、いただけませんね」 「っ、それは、だからっ…」 人としてってことで。俺を守ってくれた大事な人って意味で。 「これは仕置きが必要だな?」 「っーー!」 なんでそうなる。 「霧生につけさせた鞭跡の件もあるし、バイブも突っ込まれたんだったな」 「っ…だ、から、それは…」 「感触と記憶を塗り替えてやるついでに、じっくりたっぷりとその身体が誰のものか、仕置きも兼ねてもう1度覚え込ませてやる必要があるな」 「っ、ゃ…」 「躾けのし直しと、染め直しだ、翼」 ニヤリと吊り上がったその口元が、ゾクリとするほど妖しく艶めかしく。 「っーー!い、いりませんっ。知ってますからっ、俺が火宮さんのものだってことーっ!」 「ふっ、逃げられると思うな」 「やっ…」 「及川は破門、池田は謹慎」 「え?」 あ。 当分顔を見せないぞ、って、そういう意味もあったのか…。 「おまえだけなんの咎めもなく許されていいのか?」 ん?と目を細める火宮は、本当によく俺の性格を分かっていらっしゃる。 「う…それは」 「うちが狙われていると知っていて、寄り道したいなんて我儘を言ったと言っていたじゃないか」 「うーーっ」 「男らしく、潔く罪を認めるんだろう?」 「それは…」 うぅ、こうなったらもう、ヤケだ。 「っ、受けてやりますよっ。お仕置きでもなんでもっ。好きにしたらいいでしょう?」 あぁ、俺の馬鹿な口。 なんで素直に可愛らしく、ごめんなさい、って言っちゃえないものかな。 「許してください」って甘えて媚びれば、少しは火宮の気もおさまるって知っているのに…。 「ククッ、真鍋。ホテルの部屋を一室押さえろ」 「かしこまりました」 「翼、覚悟はいいな?」 ニヤリ、と笑った火宮の、むせかえるような色香と、サディスティックなその企み顔に、クラクラとめまいがした。

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