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第497話

「ふぁぁっ、風が気持ちいいです」 火宮が作ってくれたノンアルコールのカクテルを飲み終え、俺は早速と、クルーザーの甲板に出て、広い海を眺めていた。 「ククッ、そんなに身を乗り出して、落ちるなよ」 「んもう、落ちませんよっ。わっ、見てください。別荘がもうあんなに小さく」 遠く海岸線に見える別荘は、さっきまで俺たちがいた場所だ。 「そうだな。ふっ、向こうは向こうで上手くやっているといいが」 「えっ?」 「いや、こちらの話だ。それよりおまえ、船酔いは大丈夫か?」 海面を眺めていると酔うぞ、と笑う火宮だけど。 「初めて乗りましたけど、平気みたいです」 元々、乗り物酔いをするタイプでもなかったし。 「そうか」 「……なんか面白くなさそうです?」 ふっ、と遠い目をする火宮が、つまらなそうに見えた。 「いや。それなら良かったな、と」 「はい…」 なーんか嘘くさいけど…。 「それより…」 「っ!わ、ぁっ、ととと…」 不意に、ザッパンと波に乗り上げたクルーザーが揺れて、うっかりバランスを崩した足元がふらつく。 「ッ、っと。ほら」 ガシッと迷わず抱き留められ、腰を抱かれてホッとした。 「すみません。ありがとうございます」 「ったく、おまえは」 「あはは」 言ってるそばから、と呆れた視線が痛い。 だけどその苦笑は、口調とは裏腹に優しい。 「っ…」 なんだろう。この人、こんなに格好良かったっけ? そりゃ、常々イケメンだとは思っていたけど、今日はその、美貌が一段と輝いているというか…。 「アウトドア効果?」 光を反射する海面に、キラキラと照らされる横顔が、驚くほどに綺麗で眩しい。 「クッ、なんだ、そんなに見つめて」 「へっ?え、や…」 「真夏の太陽より熱いぞ」 その視線、と耳元で囁かれたからたまらない。 「っ、ばっ…」 「か」を飲み込んだ俺はえらい! ちゃんと学習している、と思いながら、ゾクゾクとなってしまった耳を手で押さえる。 涙目になってしまっていないでもない気がする目をキッと火宮に向ければ、ニヤリと口角を上げた火宮がこちらを見ていた。 「っ…」 寸止めは無意味だぞ、と言わんばかりのそのサディスティックな笑みに、今度は別の意味でゾクッとする。 「翼」 「っーー!あ、っ、う、ここ!」 「なんだ」 「ほらここっ!なんか、船のデッキのこの先端の辺とかっ」 恐ろしい予感に、慌ててパッと火宮を押し退けて、前が尖ったクルーザーのデッキの先に駆けていく。 バウパルピットに掴まって、ワタワタと焦りながら、俺はへらりと愛想笑いを浮かべた。 「は?」 「だからっ、ほら!定番のアレ、やりたくなりますよねっ!」 果たしてそれが定番かどうかなんていうのは、完全に俺の独断と偏見なんだけど。 「アレ?」 「これ!」 バウパルピットに軽く足を寄り掛からせて、両腕を左右に広げて見せた俺に、火宮の長い溜息が聞こえてきた。 「分かった…が」 「っ…」 「ベタだな。ククッ、さすがは飛べない翼、か」 似合いだな、と笑う火宮が、馬鹿にした口調ながらも、スッと俺の背後に近づいてくる。 「えっ?」 「ほら、台詞は?」 やりたかったんだろう?と、火宮が俺の腰を支え、揶揄うように笑う。 「っ…」 まさか、本当に付き合ってくれるとは…じゃなくって、俺はただ、暴言を誤魔化そうとしただけで、本当にされると、なんだか照れ臭いというか恥ずかしいというか。 「ほら、I’m?」 「フラ……って、言いませんからねっ?」 そりゃ、俺が振ったけど、悪ノリする火宮は、本当、意地悪というかなんというか。 「ククッ、まぁ確かに、色々な意味で縁起でもないか」 「あー」 まぁ、これは、確かに想い合う2人が死別したり、乗っていた船が沈没したり。俺と火宮に有り得て欲しくないことばかりだ。 「だけど、このときは、誰よりも何よりも幸せ。そして多分一生…」 ふと、後ろの火宮を、何気なく振り返った瞬間。 「っ…」 んーっ! ぐいっと頭を引き寄せられ、唇に唇が重ねられた。 「んっ、ふ…」 あぁもう本当、ずるい。 こんな熱く貪るようなキス。 気持ちよくて幸せで、俺は一撃で陥落してしまう。 「んんっ…」 ピチャピチャと音を立て、激しく舌を絡まされ、吸い上げられ、上顎をベロリとなぞられれば、ゾクゾクと背中を快感が駆け上がった。 「ふっ、はっ、あッ…」 クタッと腰から力が抜けていき、ガクッと挫けた膝が、へにゃりと落ちそうになる。 ギュッと抱き締め、支えてくれる火宮の腕が心地いい。 「あっ、はっ…」 もう駄目。気持ちいい…。 ボーッと頭の芯が痺れ、ぼんやりと目の前の美貌を見つめた俺に、火宮の口元が妖しく吊り上がるのが見えた。 「っ!」 ツゥーッと違いの唇の間に、唾液の糸を引いた口元が、ゆっくりと流暢な英文を紡ぎ出した。 「本当、バカ火宮」 「ククッ、おまえは」 「そんな台詞をなぞらなくても、あなたはいつだって王様じゃないですか」 何様俺様火宮様で、どS様でもあるけれど。 「ならばこの後はどちらへ?お姫様」 「っ…」 あぁ、見破られている。 ふわっと足を掬い上げられ、お姫様抱っこをされてしまった身体が、ゆらりと揺れる。 「ん?ほら、姫?」 「っ!俺はっ、男ですよっ」 「ではこのままでいいのか」 あー、もう、本当、意地悪! 言わなきゃこのままだ、って、きっと本当にそうするからたちが悪い。 俺は、ぎゅぅっと火宮の首にしがみつき、顔を胸元に押し付けて、小さな小さな声を絞り出した。 「っ、王様の寝室でっ、続き…」 カァッと頬っぺたが熱くなったのが自分でも分かった。 中心に集まった熱が、すでにズボンを押し上げているし、キスだけで完全に砕けた足腰はすでに立たない。 「ついでに、何様で、俺様で?」 「えっ、なんで…」 俺、口にしてない! ニヤリと吊り上がった口元が妖しすぎる。 「バカ火宮とも言っていたな」 「っ!」 「ククッ、続きの前に、暴言が過ぎるお姫様に、オイタへの甘ーい仕置きだな」 「そんなっ…」 「どS様、なんだろう?」 ニヤリ、と笑みをはいた火宮の口元に、ゾクリと震えた身体は、気のせいではなかっただろう。 「それまでっ…」 言ってないのに、なんで分かるんだろう。 本当に、心が読めるんじゃ、この人…と、疑いが浮かんだ内心は、ゆらりと揺れて、船室に運ばれていく身体に気づき、それどころではなくなった。

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