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第523話
ゆらゆらと心地よく身体が揺られ、ちゃぷんと跳ねる水音が耳に心地いい。
「んっ…」
ぼんやりと浮上した意識に、ゆるりと目を開いたら、俺の身体は何故か浴槽の湯の中にいた。
「っあ、火宮さん?」
「ククッ、気がついたか」
ふわりと優しく俺を足の間に抱き込んで、火宮がゆるゆると柔らかく髪を撫でている。
「んっ、気持ちいい」
その優しい手つきが心地よくて、俺の身体からはクタリと力が抜けた。
「ふっ、可愛いな」
「んー?」
スルスルと、頬を撫でられ、身体に優しく触れられる。
その触り方にいやらしさは欠片もなく、肌をなぞる手のひらからは、穏やかな慈しみだけが伝わってきた。
「火宮さん?」
こんなに優しく、ゆるやかに触れられて、なんだかくすぐったい。
触れ合ったところから、愛おしい、愛おしいという思いがひしひしと伝わってきて、なんだかとても幸せだ。
「ククッ、アフターセックスだ。嫌か?」
「アフターセックス?やじゃ、ないですけど…」
欲望をぶつけ合う抱擁ではなく、こうして、事後の、穏やかな触れ合い?
「らしくないか?だが、たまにはいいだろう」
「はい」
とても幸せで優しい時間。
嬉しい…。
「ククッ、好きだ、翼。愛している」
ジンと痺れるような、熱い囁きが聞こえて、浴室内に響くその音が、全身をふわりと包み込む。
じわりじわりと心に浸透した幸せな言葉に、目がじわりと熱くなった。
「俺もっ…俺も。愛してる。愛しています、刃」
パシャンと湯が跳ね、しっとりと唇が重なった。
*
「ふっぁぁ、暑い。のぼせた…」
パタパタと手で自分の顔を仰ぎながら、俺は空調の効いた広いリビングのソファーで、クタリと脱力していた。
「ククッ、海水を流すだけのつもりが、随分と長湯したからな」
ニヤリと楽しげに頬を持ち上げる火宮は、昼食の準備が整うのを待つ間、何やらタブレットで作業をしている。
「っ、誰のせいですか。誰の」
あなたが褒美だなんだと言い出したせいじゃないか。
ムゥッ、と向かいの火宮に恨みを込めた目を向けたら、「違いない」とますます楽しげに笑われた。
ふとそこに、ガチャリとリビングのドアが開く音がして、オズオスと豊峰が顔を見せた。
「あ、の…」
その目が何故か泣いた後のように赤く、何故か腰が全力で引けている。
「藍くん?」
どうしたの?と首を傾げた俺と、タブレットから顔を上げた火宮の前に、豊峰がビクビクと近づいて来た。
「なんだ」
「っーー!あ、あのっ、俺…さ、先程はっ、大変、失礼いたしましたッ!」
目の前まで来た豊峰が、突然ガバッと頭を下げた。
「え?あの、藍くん?」
腰を90度以上に折ったまま、固まって動かない豊峰に、俺は困惑して火宮を見た。
「ふっ、本当にな。とんだ出歯亀だ」
「っーー!本当にすみませんッ!でも俺っ、そんなつもりは決して!」
ヒィィ、と叫び声が聞こえて来そうな様子で、豊峰がますます深く頭を下げる。
そのままおでこが膝についてしまいそうだ。
「ククッ、翼。おまえはどうする?」
「え?」
俺?
どうするって、何が…。
まだ状況を掴めずに、キョトンと首を傾げた俺に、火宮がニヤリと笑った。
「アレを知られて不愉快なのはおまえだろう。俺はおまえの処分に任せるぞ。まぁどうせ、すでに真鍋からたっぷりと仕置きはされたようだがな」
ククッと喉を鳴らす火宮と、頭頂部どころか後頭部しか見えない豊峰を見比べて、俺はようやく事態を理解した。
「っーー!あ、あ、さっきの!」
「っ、本当、ごめんっ、翼」
「っ…」
事態に思い至った途端、カァァッと頬に熱が集まった。
「っ、い、いいからっ。もういいっ」
「でも…」
「いいからっ、気にしないで!」
処分だなんだと、そのことをグダグタと掘り返されるのはたまらない。
そんな羞恥プレイを受けるより、ぜひともこのことは忘れて欲しい。むしろなかったことにしたい。
「ククッ、いいのか?」
「いいんです!」
だからもう触れないで…。
「まぁ、鍵も掛けずに誰でも入れるプライベート用でもない浴室でヤッていた俺たちも悪いか」
「ヤッ…って、なっ、ちょっ、火宮さんっ!」
だーかーら、思い出させるなって言ってるのに!
「ふっ、あ、はぁぁぁっ、よかった…」
「へっ?えっ?ちょっ、藍くん?」
ニヤリとふざけている火宮に文句を言っている俺の横で、豊峰が何故かその場にヘナヘナと脱力した。
「この上会長にも滅茶苦茶叱られるのかと思ってたから」
「あは。まぁ、その、ね?」
「さんきゅー、翼」
俺は別に、豊峰を庇った訳ではないんだけれど。
なにやらものすごく安堵した様子で、ペタリと床に座り込んでしまっている豊峰を誘って、俺はソファーの隣のスペースを空けてあげた。
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