574 / 719
第574話※
「うっ、あぁっ…」
ジュプッ、と後ろから上がった水音に、俺はたまらず頭を振った。
「ひ、あぁ…」
ぬるりと蕾に押し込まれてくるバイブには、たっぷりとローションが塗られているのだろう。
苦痛一つなく後孔に埋め込まれていくこの感覚が嫌だ。
「ふっ、あっ…」
「ほら、翼、力を抜け。ちゃんと息をしろ」
ぐぐっとバイブを押し込む手に力を込めながら、火宮がそっと、床に四つん這いになって腰を反らせた俺の背を撫でた。
「ふぁぁっ、あぅ…」
火宮の言葉に従ったわけではない。
だけど、背中を撫でる手があまりに優しくて、思わず身体から力が抜けた。
「っあぁぁっ!」
その一瞬の隙をついて、ずぶりとバイブがナカを貫いた。
「はっ、はっ、はっ…」
「クッ、俺のものより細いだろう?」
「っぁ、んっ、ふ…」
それはそうだけど、大して慣らしもせず、ズボンと下着を強引に剥ぎ取られてすぐ、こんな体勢でローションでわずかに濡らしただけの後孔に突っ込まれるには結構キツい。
きゅぅっ、と無駄に締まってしまう後ろから力を抜こうと、俺は必死で息を吐き出した。
「ククッ、よく似合う」
「へぁ?」
う…。いつの間に犬耳まで。
フサァッと尻から垂れた柔らかい毛が太ももをくすぐるのは、バイブの先についていたあの悪趣味な装飾品だと知れる。
「翼」
「っ、はっ、なんです、か…?」
短く上がる吐息の合間に、ジロリと火宮を見上げれば、スゥッと妖しく細められた火宮の目に見下ろされた。
「そうじゃない」
「はい?」
「翼」
「っ…」
なるほど。わかった。
そしてどS!悪趣味!バカ火宮。
意地悪く眇められたその目の意味が、嫌というほど伝わって、俺はギリギリと奥歯を軋ませた。
「翼?」
っ!ずるい!
スッと手に取ったその鞭、ズル過ぎる。
従わなければ脅しに出るとか、さすがはヤクザだ。
俺が痛みに弱いことを熟知している火宮の、効率的なやり方だ。
ほら、と愉しげに催促してくる火宮を、俺はギリギリと歯を噛み締め、悔し紛れに睨み上げた。
「わん!」
くそっ、くそっ、くっそぉ。
屈したくない。
だけど屈するしかなくて。
ならばせめて、死ぬほど嫌々吠えてやる。
可愛げなんか見せてやるものか。
精一杯の抵抗だと、ぶすっと応えてやれば、火宮が心底愉しげに、クックッと喉を鳴らした。
「さすがは翼だ」
飽きないな、と笑う火宮が、スゥッと意地悪く目を細める。
「ワンッ、ワンッ」
さすがはどっちだ、このどS。
まったく、恋人に、平気な顔でこの仕打ち。
悔しいから俺だって、あなたをぎゃふんと言わせてやるんだから。
ふっ、と覚悟を決めた俺は、命じられたわけではない四つん這いで、のろのろと歩き出し、するりと火宮の足元に身を寄せた。
「クゥン…」
スリスリと、火宮の足に頬を寄せ、身体を擦り付ける。
「ッ…」
短く息を飲んだ火宮の声が聞こえて、ざまぁみろ、だ。
「クゥン、クゥン」
にぃっ、と笑み崩れていく自分の顔を自覚する。
同時に、すりすりとすり寄せいていた身体を伸び上がらせた。
「ッ、おまえは、仕置きだというのに…」
「わん」
だから、あなただけなんですって。
俺が何をされても、どんなことをされてもいいって思えるのは。
もちろん恥ずかしいし屈辱だし、お仕置きは嫌だけど、だけどこうなったら腹をくくれるくらいには、俺はあなたに染め上げられているんだ。
愛でられるだけの可愛い犬?主に従順なだけのペット?
ふふ、違うよ、違う、火宮さん。
犬科の中には、狼だっているんだから。
ときには主も食い殺す。
「わんっ」
ぱくっ、と噛みついたのは、俺を愉しげに見下ろしている、スラックス越しの火宮の性器で。
「はむ、んっ、ん…」
はむはむと、歯を立てずに性器を食んで、ちろりと覗かせた舌でそこを舐め上げる。
「ククッ、やられたな」
ちぇ。ちっともそう思っていない、余裕の声は、やっぱり火宮だ。
だけど愉悦に揺れるその声が、あまりに楽しそうに弾んでいるからまぁいいか。
くしゃりと頭を撫でてくる、大きな火宮の手が心地いい。
「クゥン?」
ふふ、魅了されろ。クラリと眩暈を起こしてしまえ。
悪戯に上目遣いで火宮を見上げ、軽く小首を傾げて見せる。
いい?と問う声は媚びた犬の鳴き声で。
「クッ…おまえは、本当に」
あ、目頭を押さえて、マイッタっていうその顔。
これは珍しく俺の勝ちかな?
わくわくと浮足立った心のまま、俺は唇を薄く開き、ジィーッと火宮のチャックを歯で噛んで引き下ろした。
「手錠は外してやらないぞ?」
ニヤリ、と意地悪く笑った火宮は、やっぱりどこまでも火宮様だった。
ともだちにシェアしよう!