77 / 719

第77話

ゆらり、ゆらり。 薄暗い空間の中に、色とりどりのクラゲたちが舞い踊っている。 照明に演出され、美しく漂うクラゲたちは、あまりに幻想的だ。 「綺麗…。ねぇ、火宮さん?」 「あぁ」 薄く目を細め、穏やかな微笑を口元に乗せている火宮は、こうしているととてもヤクザの頭には見えない。 本当、イケメン。 まっすぐ通った鼻筋も、目に近くバランスのいい眉も、キリッとした目も。 どこのトップモデルか俳優かと、さっきからヒソヒソと囁かれている声は、すべて火宮に向かっているのがわかる。 俺は、そんな火宮の隣に佇む所有物ではあるけれど、きっと装飾品にすらなれない。 はなから持たない自信をさらに失くし、思わずスルリと、繋いだ手を解いてしまう。 「翼?」 青く澄んだ美貌が、ゆっくりと俺を見下ろす。 「っ、なんですか?」 「おまえは俺のものだろう?」 咎めるように目を眇めて、少し意地悪く笑った火宮が、離してしまった俺の手を取り上げる。 顔の前まで持ち上げられてしまった手の甲に、恭しく優しく軽く、火宮の唇が静かに触れた。 「っな…」 途端にどよめいた空気と、上がった多数の小さな悲鳴の震えを感じた。 「勝手に離れるな」 「ッ…」 こんなの、誤解する。 「駄目、ですよ…。みんな見て…」 わざわざ、見せつけるような真似。 それが独占と支配の欲求とわかっていても、俺の心はグラグラ揺れる。 「くっ、他人の目など構うものか。勝手をした手へ罰だ」 「っ…」 駄目だ、駄目だ。 勘違いしたらいけない。 だけどこれは…。 俺と手を離したくないって、受け取ってもいいんですか? 繋いでおけと強要する真意は。 『罰なんかなくても、俺はとっくにあなたに繋がれているのに…』 心ごとすべて、火宮に雁字搦めだ。 「翼?」 囁くよりもさらに小さい呟きは、ざわめく館内の空気に消えてしまったようで、火宮の耳には届かなかったらしかった。 「っ!いえ!」 「ククッ、文句ならはっきり言えよ。それとも仕置きの効果が出てきたか?」 妖しい色気を放ちながら、スッと指先でなぞられた唇が震える。 聞かれなくてホッとして、けれど少しだけ残念で。 「文句なんて…。それよりほらっ、イルカショー!」 「ククッ、誤魔化したか。だがまだ時間には早いだろう?」 チラリと腕の時計に逸れてしまった視線にほっとする。 同時にぐいと繋いだ手を引いてやる。 「いいんです。気に入る席を確保しないとだから!」 「わざわざ濡れに行く、な」 どMめ、と笑っている火宮が、俺の力に逆らわずに足を踏み出す。 「だから俺はMじゃありませんて」 「ククッ、どこが」 文句に聞こえなくもない言葉を吐きながらも、俺が引いて行く手に火宮はまったく抵抗しない。 「どこって、全部ですよ、全部。俺はいたってノーマルです」 「そうか?ちょっと意地悪してやると、倍感じて悶えて悦ぶ…」 「わーっ!ちょっ…何言い出すんですかっ!」 場所考えろ。っていうか、そういうの、サラッと言うな。 「ククッ、嬉しいくせに」 「あの、どこをどう見たらそうなりますか?」 こっちは全力で嫌がってるんですけど。 「どこをどうかって?そりゃ…」 やばい。なんか目の奥のその妖しい光は…。 「い、言わなくていいですっ!っていうか、何触ろうとしてんですかっ」 まったく油断も隙もない。 じゃなくって、公共の場で大胆に中心に手を伸ばしてくるとか、嫌がらせのレベルを超えている。 「あっ、着きましたよ!まだ前の方、全然空いてますっ」 わーい、と無邪気を装って、パッと火宮の手を離して段差を駆け下りる。 「また離れたな?今度はどんな仕置きをしてやろうか」 っ! 背後から漂った不穏な空気と、僅かに聞こえてきた怖い台詞には、敢えて気づかない振りをした。

ともだちにシェアしよう!