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第719話

「あぁぁ、うぅっ、駄目って、言ったのに…」 「ククッ、仕置きだ。おまえの制止など聞くわけがないだろう?」 可愛かったぞ、と囁く火宮が、満足そうに頬を歪める。 「バカ火宮…」 「ふっ、だからそういう暴言の仕置きだというのに」 懲りないおまえだから…と艶やかに笑う火宮に、俺は一体どう反応してやればいいのだろう。 「っ、布団!」 「ククッ、あぁ、びしょ濡れだな」 どうするか、と笑う火宮は、困ったようでまったく困った風ではなくて。 「防水パッド」 「え…?」 「シーツの下に敷いてある」 「はぁっ?」 これは、マットレスまでいっちゃったな、と、内心罪悪感がチリチリとしていた俺に、その発言は。 「確信犯っ?!」 「ククッ、抜かりない」 「こんの意地悪!どSっ!」 わざわざシーツの下に隠すように敷いておいたこともさることながら、初めから吹かせる気満々だったと。 本当、性悪で苛めっ子でどうしようもない。 「クッ、だから、おまえは」 足りなかったか?と雄弁に語るその目が怖くて。 「っ、いえっ、ごめ…なさっ。はんせ…してますからっ!」 だから今日はもう勘弁。 焦らされてイかされて、潮まで吹かされて、俺の体力はもう限界だ。 「ふっ、その顔。それに免じて今の暴言は聞かなかったことにしてやるか」 「ほっ…」 ニヤリ、と笑う火宮の機嫌が、思ったよりも上々で、全身から力が抜けた。 「ククッ、とりあえず、濡れたシーツだけどかすから、少し避けろ」 「うぁ、はい…」 「ククッ、新しいシーツは、後でいいか」 ほらタオル、と、大きめのバスタオルをばさりと被せられ、俺は濡らして汚した身体を拭いた。 「風呂は?」 「んー、もう少し休んでから」 「そうか」 ふっと息を吐いた火宮が、そのままごろりと俺の隣に横になる。 あれ…? 「あ、火宮さんは、先に入ってきて構わないですよ?」 なんていうか、火宮の身体もビシャビシャのドロドロに汚してしまったし。 「ふっ…」 ゆるりと目を細めた火宮が、するりと手を伸ばしてきて、サラサラと俺の髪を撫でた。 「っ…」 あぁ、なんだろう。 幸せだなぁ。 うっとりと、思わず目を閉じたら、トクン、トクンと心地いい火宮の鼓動を全身で感じた。 「翼」 「はいー?」 「身体、そのままで眠るなよ?」 「大丈夫です…」 あは。でも実はこの心地いいまま、眠ってしまいたい、なんて思っていたのは内緒で。 「翼」 「はい?」 「いや、呼んだだけだ」 ククッと可笑しそうに喉を鳴らす火宮に、思わず目がパチリと開いた。 「火宮さん?」 「ククッ、夏原法律事務所」 「え?」 「夏原のところで世話になっているだろう?」 「はい」 えっと?急になんだろう。 こてりと首を傾げながらも、こくんと頷いた俺の髪を、火宮の手がスルスルと梳いた。 「あいつのところは、うちの護衛が付き添えないだろう?」 「あ、はい…」 そうなのだ。 夏原の事務所内は、いわば夏原の城で、ましてや弁護士事務所なのだ。いくら夏原が蒼羽会の顧問をしているとはいえ、蒼羽会の人間を無遠慮に立ち入らせることは出来ないでいた。 「夏原の城で、翼に何かが起こるとも思わないし、夏原が絶対的におまえを保護し、危険な目には遭わせないと分かってもいるが」 「火宮さん…」 「油断と、無理や無茶は決してするなよ」 「は、い…」 え? まさか、いや、でも、何これ。 もしかして火宮さん、心配してる? トクン、と跳ねた鼓動が、じわりと心地よい熱を全身に運んだ。 「おまえは俺の至宝だからな」 きゅっ、と頭を抱き寄せられて、きゅぅっと胸が高鳴った。 「おまえが俺と共にある。それだけが」 俺の幸せだ、と囁く火宮に、ドクンとまた1つ鼓動が跳ねた。 「っ…」 うぁっ?もしやこの人、全てを見透かしているわけじゃないよね? まるで俺が隣に居さえすればそれでいいと言わんばかりの台詞。 俺が火宮に内緒で、火宮にプレゼントをするためのバイトをしていることを見透かされているような…。 「無、理、なんて…」 してません、と笑って答えた声は震えていなかっただろうか。 「そうか。ならばいい」 「刃?」 「おまえが…」 きょとり、と首を傾げてしまった俺の唇に、火宮のそれがゆるりと近づいた。 『………』 スゥッと互いの重ね合わされた唇の中に、消えてしまった言葉は何だろう。 ピチャリ、クチュリと混じり合う熱の中から、伝わるのはただ真っ直ぐに、ただ一言。 愛してる…。 ふわりと行き来する温かな想いが、柔らかな幸福となって全身を満たしていった。

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