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第106話

結局、課題が何も進まないまま午後になり、真鍋がやって来ていた。 「あの、翼さん…」 「はい」 「そのマフラーは何なのでしょうか…。室内ですが」 リビングに入ってきて、開口一番。 飛んできたのは怪訝な目と呆れた口調。 「あは、えーと?ふぁ、ファッション?お洒落!」 「……」 「き、気にしないで下さい!それより勉強…」 ジーッと向けられる視線が居た堪れない。 無理がある言い訳をしている自覚があるから尚更だ。 とにかく意識を逸らそうと、バタバタと教科書を開き始めたら、真鍋の派手な溜息が聞こえてきた。 「はぁぁっ。取って下さい」 「っ、だ、から…」 「どうせ会長のキスマークでも隠しておられるおつもりなのでしょう?私は気にしませんので」 むしろマフラーの方が余程気になる、と呆れ返っている真鍋は、変わらずクールだ。 「な、何で分かっ…」 「はぁっ。時間が惜しいので。そんなに気になるのでしたらどうぞ」 ツカツカと近づいてきた真鍋が、パシッとテーブルの上に小さな長方形の紙切れを置いた。 いや、形状からして、絆創膏か。 「あ、う…」 「ほら、早く準備をして下さい」 本当、この人、この前火宮にやり込められて慌てていたのと同一人物だろうか。 淡々と筆記用具を用意しているその姿から、全く感情というものを感じない。 「ねぇ、真鍋さん」 「何でしょうか」 「俺、今回の課題の範囲、何も分からなかったんですけど」 マフラーを外して、ありがたく絆創膏を使わせてもらい、何も書いていないノートを開く。 真鍋の目が白紙のノートに向かうのを、ドキドキしながら見る。 怒るかな? 別に怒られたいわけではないけど、この体温を感じない人を、少しでも熱くしたい、という思いがあったのも嘘ではない。 「何も、ね…」 「は、はい…」 「数学は、三角関数でしたね。わかりました、初めから解説していきます」 スッとペンを取り出した真鍋は、わずかも感情を揺らすことなく、淡々と教科書の図を指し示した。

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