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第108話

「ククッ。ほら」 俺の側まで戻ってきて、敢えてゆっくりと小箱を開けた火宮が、中身を取り出す。 「な…」 まず出てきたのはリストバンド…のようだけれど、2つあるそれの間がチェーンで繋がっているところを見ると、それは手枷か。 「っ…」 「安心しろ。これは仕置き用だ」 怯えに気づかれたか、ニヤリと笑った火宮が、見せつけるようにわざとらしく、それをテーブルに置いてみせる。 「これとこれもな。余程な粗相をしなければ使うことはないな」 艶やかに妖しく、火宮が笑いながら次々と箱の中身を取り出した。 「う…」 大小の球が数珠繋ぎになった道具の用途はその形状から想像がついた。 もう1つのピアスみたいな2つのリング状の物体は…多分耳じゃなくて胸に使うものだろう。 嬉々としてテーブルに並べられていくそれらの道具が嫌すぎる。 「ん?何なら試してみるか?」 「えっ?!嫌っ…」 「さっき暴言を吐いていたからな。馬鹿だとか言ったか?」 「っ!それは…」 1度スルーしたくせに、ここでそれを持ち出すか。 「呼び捨てのほうは、むしろ嬉しいがな。まぁできれば下の名がいいが」 クックッと喉を鳴らしながら、眇められた目を向けてくる。 「っ…目上の人を下の名前で呼び捨てなんて…」 「恋人なんだ。別に構わないだろう?」 「っ、じゃぁっ、恋人にお仕置きとかはっ…」 それこそナシなんじゃ?という思いは、火宮の悪巧みしたような笑みに掻き消された。 「おまえは俺色でいいんだろう?」 ククッと笑う火宮の発言が、いつの揚げ足取りかは、もちろんすぐにわかった。 あぁやっぱり。 火宮に言質を与えた時点でこうなる未来は予測できた。 それでもいいと、断言し、確かにそう思ったのは俺だ。 「うー…」 「ククッ、なんだ?先日の前言撤回するか?」 「っ!」 そうやって挑発してくるのはズルい。 負けず嫌いの俺が、つい反抗してしまうのが分かっていて言っているから尚更だ。 なのにハマる俺はもう何なんだ。 「おっ、男に二言はないですっ!」 それが惚れてるってことなんだろうな。 ほら、心底可笑しそうに、愉悦を含んで揺れる火宮の表情が、たまんなく愛おしいんだから、もうどうしようもないじゃないか。 これでよかったって、嬉しく思っちゃうんだから、もう仕方ない。 「本当におまえはな…。愛おしいよ」 ふわっと笑った火宮の言葉が、ジーンと俺の胸を震わせた。 うわ。同じ…。 ピッタリ重なった想いが嬉しい。 「ククッ、まぁ今日のところは、仕置きはなしだ」 「あ、はは」 「その代わり、たっぷり丁寧に愛してやる。俺の愛情表情、存分に受け取るがいい。ドロドロに溶かしてやるぞ」 う。それはお仕置き宣言と何が違うのか。 大して変わらないんじゃなかろうか。 ふっと笑って最後に取り出されたのは、どこからどう見てもアイマスク。 「ちょっ…待っ…」 「ククッ、感覚が1つ奪われる代わりに、他の感覚の精度が増す」 楽しいぞ、と囁かれる声がすでに、ゾクンッと堪らない快感を植えつけた。 「やっ…ひぁっ…」 強引につけられてしまったアイマスクで、視界はない。 次に何をされるのか、火宮の手がどこに向かうのか、わからなくて緊張する。 同時に、その行方を想像して、聴覚が、触覚が、ぐんと研ぎ澄まされていく。 わずかな衣擦れの音も聞き漏らすまいと、微かな空気の揺れさえ拾い逃すまいと、火宮の言葉通り、身体中が敏感になる。 「っ、ん?あ、れ…?ひ、みやさん?」 気配が、消えた? いきなり消失した火宮の存在感。 不安が押し寄せ、見えない目を頭ごとウロウロと彷徨わせ、その存在を求める。 「火宮さん?」 微かな吐息すらも聞こえない。 リビングから出て行った音はしなかったのに、いないのだろうか。 「どこ…?」 そっと持ち上げた手は、アイマスクには伸びずに、フラリと虚空に伸ばされた。 別に拘束されているわけじゃないから目隠しなんか取れるのに…。 何故かそうできない自分がいる。 「火宮さん…。つ、かまえ、て…」 伸ばした手を、あちこちの方向にもがかせてみる。 このままでいることが、きっと火宮を悦ばせると、俺は直感で知っているんだ。 「っ、ジン…。刃。どこ…」 あなたが喜ぶことが、俺も嬉しい。 計算したわけではなく漏れた呼び名に、ヒュッと息を呑む音が聞こえた。 「あ、いた…」 えへへ、と笑ってしまいながら、存在を感じた方向へ身体を向ける。 そこに飛び込んで行くことに、何の躊躇いもない。 「刃ーっ」 「っ、と。おまえは…」 タンッと床を蹴って、無防備に飛んだその先。 もしも、なんて疑いは欠片もなかった。 「外していたら床に無様に転んだぞ」 「間違えませんよ」 「唐突すぎて、俺が反応できなかったらどうした」 「ふふ、何が何でも受け止めますよね?」 信じてるし。 「っ…殺文句などどこで覚えた」 「え?殺し…ンッ」 疑問の声は、いきなり塞がれた唇の中に飲み込まれて消えた。 「ククッ、煽った責任は取れよ?手加減できないぞ」 「っ、え!」 煽ったつもりなんか…。 言い訳は、素早く衣服を奪い、肌を撫でて来た手のせいで嬌声に変わった。

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