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第109話

「うぁー。死んだー」 「クッ、縁起でもないことを言うな」 バタッとソファに突っ伏したまま、もう指先1つ動かすのも億劫だ。 ドロドロに溶けた身体が裸なのももう構うものか。 「縁起とか担ぐタイプー?」 「本当、おまえはな…。ヤクザは昔っからゲン担ぎはお得意だ」 「ふぅん」 「それよりほら、風呂は」 まぁ色々な液体で身体はドロドロだ。 「でも動きたくない…し、その、火宮さんは?」 そう。目隠しをされた俺は、ひたすら一方的に責められ、もう何度イかされたか知れないけれど。 だけど火宮は、挿れることはおろか、自分の快楽を求めることすらしなかった。 そのままでいいんだろうか。 「ククッ、呼び名が戻ったぞ?」 「え?あ、だってそれは…」 「ふっ、まぁ情事の時だけの特別というのもいいな」 それはそれでそそる、と笑う火宮は、意図的に話を逸らしたんだかどうなのか。 「って、そうじゃなくて。その、火宮さんはいいんですか?」 シなくて。と目で訴えたら、火宮はふわりと笑って首を振った。 「それだけくたばっていて言う台詞か。無理するな」 「っ、でも…」 「俺はいい。気にするな。それより翼、風呂まで運んでやろうか?」 もう、何でそんなに甘やかす。 「ゆっくり汗を流してこい。くれぐれものぼせるまで入るなよ」 ククッと笑いながら、軽々と抱き上げられてしまう。 「んっ…」 好き。 こんな風に甘い甘い火宮も。 「ククッ、鞭と飴かもしれないぞ?」 またそういう意地悪を言う。 だけど別にいいんだ。 「それでも。丸ごと大好き、どんと来いですよ」 「ククッ、本当おまえは、可愛いよ」 チュッなんて軽く触れる戯れのようなキスが嬉しい。 しっかり身体を抱えてくれる逞しい腕が心地いい。 「ねぇ、火宮さん…」 「なんだ」 幸せ過ぎて怖いとか、馬鹿らしいかな。 「っ、いえ。呼んだだけです」 「クッ、そうか。ほら、着いたぞ、立てるか?」 「はい、なんとか」 ヒヤリとしたタイルの床をしっかり踏みしめ、壁を支えにかろうじて立つ。 「フラフラだな。手伝うか?」 「いえ、大丈夫です。ありがとうございます」 「ふっ。なんかあったら大声で呼べよ」 「はい」 スマートに浴室を立ち去っていく火宮を見送る。 「ふぁぁあ、もうなんか、やばいよね…」 ほわんとした幸せの呟きが、浴室の壁に反響した。

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