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第110話
さっぱりして風呂から上がり、リビングに出てきたら、火宮がゆったりと酒のグラスを傾けていた。
「あ、お先ですー」
「ん」
目を細めて、コイコイと手招きしてくる火宮に素直に従う。
「ほら。たまには付き合え」
スッとテーブルの上に差し出されたグラスが1つ。
赤っぽい、発泡した綺麗な色の液体が入っている。
グラスの縁にはレモンが添えられていて、どう見てもお洒落なカクテルだ。
「あの、俺、酒は…」
「ふっ。シャーリー・テンプル。ノンアルコールだ」
「え?」
「飲んでみろ」
軽く唇の端を上げた火宮を窺いつつ、俺はテーブルの上のグラスに手を伸ばした。
「本当にお酒じゃないんですか?」
「ノンアルコールカクテルは、ジュースだろ」
ククッと笑う火宮を信じて、俺はそっとグラスに口をつけた。
爽やかな甘みがさっぱりとして美味しい。
「んっ、甘いけどさっぱりしてる…」
「ふぅん。おまえ、ザクロと生姜は平気なのか」
緩く弧を描いた火宮の目が、悪戯っぽく煌めいた。
「え!生姜…」
思わず顰めてしまった顔は言わずもがな。
あのピリッとした辛みのある食材を、俺が好きなわけがない。
「クックックッ、あははっ。やはり苦手か」
「っ!は、入っているんですか?」
「あぁ。ジンジャエールがな」
「嘘…。だって美味しいです」
ジンジャエールといえば、俺が避けて通る飲み物の1つのはずなのに。
「おまえの偏食は、食わず嫌いも相当含んでいるだろう?」
「う。それは…」
「ふっ、この先時間はたっぷりある。俺が美味いものの美味い食べ方を教えていってやる」
薄く目を細めた火宮はとても楽しげだ。
俺はその向かいのソファに座りながら、手に包み込んだグラスを再び口に運んだ。
「んっ、美味しい」
「それは何より」
「あ、そういえば火宮さん」
「なんだ」
「時間って言えば…真鍋さんが何か気になることを言っていたんですけど…」
ふと思い出した疑問をぶつけてみる。
「ん?」
「勉強…早く進めないと時間がないとか…」
それは一体どういう意味なのか。
真鍋は火宮に聞けと言っていた。
「真鍋が?あぁそうか。まだ話してなかったな」
「え?」
「ちょっと待ってろ」
不意にソファから立ち上がった火宮が、スタスタと自室に消えていく。
そうして戻ってきた火宮の手は、一冊のパンフレットを持っていた。
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