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第130話

そうしてシャワーを浴びて、テーブルの上に整えられていた朝食を食べ、出る支度を整えた。 「でもまた新しい洋服とか…」 本当、散財癖は健在らしい。 「泊まりなら泊まりって言ってくれてれば、支度して出てくるのに…」 自分はちゃっかり準備があるとか、本当ずるい。 「翼、何をぶつぶつ言っている。行き先は決まったのか?」 今日も今日とて、どこの雑誌から抜け出してきた。 スーツ姿と違って、休日仕様のカジュアルな格好もまた、目を瞠るほど格好いい。 「翼?おい、翼」 パンッ!と目の前で両手が合わされて、俺はびっくりして飛び上がった。 「なっ、何?」 「何じゃなくて、行き先だ。目を開けたまま寝ているのか?」 器用だな、と笑う火宮は、意地悪く唇の端を吊り上げている。 そんな表情すら、これまた目を惹きつけてやまない。 「本当、ずるい」 「何がだ」 「別にー?」 「ククッ、おまえは本当にわかりやすい」 スッと前髪を無造作に掻き上げた仕草にドキッとなる。 「っー!」 その効果を十分に分かってやっている火宮はタチが悪い。タチが悪いと思うのに、見惚れてしまうのを止められない。 「何だ。自分の男がいい男だと、惚れ直しているのか」 「っ、ば…」 うっかり口走りかけて、慌てて口を結んだ。 「ん?ば?」 「ば…バニラアイスが食べたいです!」 「ほぉ?」 ニヤニヤ笑っている火宮は、多分俺の言動の意味なんてお見通しなんだろう。 意地悪く眇められた目が俺を射抜く。 「な、何ですか」 セーフでしょ?と念を込めて見つめ返した火宮の目が、ゆるりと弧を描いた。 「じゃぁ行き先はアイスクリーム専門店か?それともカフェがいいか」 「っ…」 ニヤニヤと意地悪く笑っているけど、どうやら誤魔化しには乗ってくれたようで。 「はぁぁぁっ…」 ホッとして思いっ切り脱力してしまった俺を、火宮は笑った。 「ククッ、本当におまえは飽きさせない」 「火宮さんは本当にブレずにSですよね!」 「クッ、そこもいいくせに」 「だから俺はMじゃないって何度も」 あぁ言えばこういう。 まったく減らない火宮の口に溜息が出てくる。 「ククッ、まったく口が減らないことで」 「え…」 まさか、火宮は火宮で俺をそう思っていたとか。 あまりのシンクロに笑えてくる。 「ぷっ、あははっ!火宮さん」 「何だ」 「好きです」 知ってる、って偉そうに笑うかな? ニッと笑みを向けてやったら、火宮の顔は意地悪く優しく綻んだ。 「あぁ。俺もな」 っ!バカ! 言えない言葉の代わりに、カァッと頬が熱くなった。 照れと、怒りと、やっぱり照れで。 「ズルい!好き!バニラアイス!」 「おまえな、馬鹿という単語を口にしなければいいと思っているのか?」 「ぅえ…?」 思ってるけど…。 「クックックッ、だから飽きない。仕置きだ」 「っ、ん…ッ」 あぁぁ、だからこれはご褒美だって。 火宮にされるキスは好き。 罰と名がついていたって気持ちよくて幸せで。 「ふっ、はっ…ンッ」 「ククッ、その目」 トロンと蕩けてしまった自覚はある。 「歩けるか?」 「無理って言ったら抱っこして行ってくれますか?」 「ふっ、だからおまえはまだまだ甘い」 「え…」 やるわけない、と思って挑発しただけなのに。 なんだこの人。 絶対予想の上を行く。 「うわぁっ…ちょっ、恥ずかしっ…」 「おまえが抱けと言ったんだからな?撤回するのか?」 ククッと笑いながら、負けず嫌いな俺を知ってて挑発し返してくるところがブレずに火宮だ。 しかもまったく危なげなく、そこそこ体重もあるつもりの俺を平然とお姫様抱っこして、ふらつくこともなくスタスタ歩いて行くとか。 「もうっ、明日筋肉痛になっても文句聞きませんからねっ」 「ふっ、誰に言っている」 バンッと行儀悪くドアを足で開け、ホテルの廊下までこのまんま。 ドアの左右で待機していたらしい護衛さんが、ギョッとして見てくるのが居た堪れない。 「うーっ…」 下ろせと言ったら俺の負けな気がする。 だからってさすがに公衆の面前にこのままでは恥ずかし過ぎる。 「ん?翼?」 「っ…」 その勝ち誇った顔。 ムカつく。悔しい。負けてやるもんか。 「んーっ!」 ぎゅう、と火宮の首に腕を巻きつけ、顔を隠すようにしがみついてやる。 「ククッ、本当、おまえはな…」 っ! バカ火宮! ボンッ、と真っ赤になっただろう顔を自覚した。 『可愛いよ』 耳に囁かれた声がいつまでも、頭の中をこだましていた。

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