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第131話
はぁっと、隣を歩く火宮に気付かれないように、そっと小さく溜息を漏らした。
さっきからずっと、モヤモヤ、ザワザワと、波立つ感情が止まらない。
「…さ。…ばさ」
ちらっと俺に向く顔は、確かに格好いい。
アイスクリーム屋でも、こうして道を歩いていても。火宮を見かけた女の人たちが、みんな振り返って見るのも分かる。
ヒソヒソ囁かれる声には熱がこもっていて、みんな目をハートマークにして見つめているのだって、仕方がないことなんだろう。
これだけハイスペックな男なんだ。
その気持ちは十分わかる。
分かるけれど、面白くない。
「おい、翼。翼?」
「ぅえ?は、はいっ」
「何を上の空でぼんやりしている」
ククッと笑いながら、ポンと頭に手が乗せられ、俺はワタワタと慌ててそれを振り払った。
「な、な、何ですかっ?」
やばい。話を何も聞いてなかった。
「何って、だからおまえは生はどうなんだ?」
「な、生?」
少し意地悪く目を細めて、ジッと見つめてくる目が妖しい。
この火宮が言うんだから、生っていうのはビールの話じゃなければ…。
「こ、こんな昼間っから、道の真ん中で、何の話してんですかっ!」
カァッと熱くなってしまった頬を誤魔化すように、キッと睨みを向けてやる。
途端にニヤリと歪む火宮の口元が見えた。
「何のって…」
「ナニ、とかいう答えは聞きませんからねっ!」
「ククッ、おまえは欲求不満か」
「はぁっ?それは火宮さんの方…」
ジトッと目を据わらせてしまった俺を、心底愉しむような火宮の目が見つめてきた。
「ククッ、俺はただ、昼飯の話をしていただけなんだがな」
「え…?」
「寿司屋はどうかと。だから生モノは苦手じゃないかと聞いたのだが…」
ニヤリ、と笑った火宮がやばい。
「ん?翼?」
「っー!へ、平気なの、知っていますよねっ?!」
初めて火宮と出会った日、俺は出前で取られた寿司を平らげている。
「そうだったか?」
シラッとそっぽを向いて空惚ける火宮は完全に確信犯だった。
全てを見透かして、最悪のタイミングで仕掛けてくる意地の悪さ。
話をちゃんと聞いていなかった俺も悪いけど、その隙を目敏く突いて、意地悪に利用する性格の悪さはどうしたものか。
「ククッ、いやらしい翼は、一体何を考えたんだろうな?」
「ッーー!」
あぁ、マズった。
この目はどSスイッチオン状態だ。
妖しく輝く笑顔が怖い。
「ククッ、おまえも好き者だな。真っ昼間から」
「う…」
スイッチを不用意に押してしまったのが自分だとわかっているから、なんの反論もできない。
全てを見透かす火宮には、どうしたって敵いっこない。
「そうか。覚えていたか」
ナマの味、と意地悪く笑う火宮にも何も言えない。
「ふふ、淫乱。行き先変えてやろうか?」
ホテル、と、艶やかに笑う火宮に、クラクラと目眩がしてきた。
「行きませんよ…こんな昼間から」
「勘違いをしたのはおまえだろう?」
「う…」
そう言われると、もう何も言えません。
「話、を、ちゃんと聞いていなくてごめんなさいっ」
さすがに分が悪すぎて、早急に白旗を上げるほか、このどSモードの火宮を止める術が思いつかない。
ガバッと下げた頭は吉と出るか凶と出るか。
「ククッ、デート中に、恋人の話を上の空で聞き流して余所事か?そんな無礼者には、仕置きが必要だよな?」
ニヤリ。妖しく緩んだ火宮の目が、俺を完全にロックオンしていた。
「っ…や」
謝ったのに。意地悪。
「ククッ、キスをしろ、翼」
「え…」
「唇とは言わない。ただ、おまえから俺に抱き付き、キスをしろ」
頬を緩く持ち上げて、薄く目を細めた火宮が、挑戦的に笑った。
「っ…」
こんな道の真ん中で、人の目がたくさんある中で。
「翼」
ジッと真っ直ぐ見つめてくる目から、俺の身体も心も逃れることは出来なかった。
まるで操られでもしたように、フラリと足が1歩前へ出る。
ゆっくりと持ち上がった両腕が、火宮の身体に自然と巻き付く。
「少し、屈んで下さい」
スルリと首に巻きつかせた手で火宮の顔を引き寄せ、背伸びした身体をさらに伸び上がらせる。
「ふふ、これは誤算でしょう?」
俺の負けず嫌いを甘く見るな。
せめてもの反抗と仕返しに、ニッと唇を歪めてやる。
その唇を俺はゆっくりと、火宮のそれに重ねてやった。
「クッ、クックックッ、本当に、おまえはな」
チュッと触れて、すぐに離した唇だけど、火宮の目は満足そうにふわりと揺れる。
「上出来」
ポンと頭に乗った手が、いい子いい子と何度か往復した後、スルリと下りて、俺の手を捕らえた。
ザワッとどよめいた周囲の空気と、あちこちから上がる悲鳴を感じる。
「ひ、みや、さん…?」
大注目の的なんですけど。
お構いなしなのか何なのか、男同士のキスを見せた挙句、いわゆる恋人繋ぎをしてきた火宮は何なのか。
突き刺さる視線が居た堪れない。
「ククッ、俺は、おまえのものだ」
「はー?」
いきなり何。一体何なんだ?
「俺は、おまえの、ものだ、翼」
一字一句ゆっくりと紡がれても…。
って、あ!
「っーー!」
何だそれ。
ズルすぎる。
ズルい!バカ、バカ火宮!
「ククッ、おまえは本当…」
……。
愛おしい?
今、そう言った?
口パクだけのその言葉は分からなかったけど、優しく綻んだ火宮の目が、全てを語っているような気がした。
あぁ敵わない。
本当、敵わない。
嫉妬。独占欲。
いつから気付いてた。いつから仕組んでいた。
からかっていたのも、罰にかこつけてキスを見せつけたのも、全部、全部?
「計算高すぎでしょ…」
「ククッ、計算?何のことだ」
嘯いたって分かってる。
あなたが本当はとても優しい人だってこと。
本当に本当に俺を愛してくれているんだってこと。
「ふふ、火宮さん」
「何だ」
「……」
ありがとう。
その言葉の代わりに、繋がれた指先にギュッと力を込めた。
互い違いに絡む指の力が、きゅっと強まって返事に代わった。
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