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第132話

それから数日後。 俺は、夕食の食材を買いがてら、のんびりと街に繰り出していた。 隣には、護衛兼話し相手の浜崎がいる。 「…ですよねー。それで、そのとき…」 たわいのない会話をしながら、ブラブラと歩道を歩いていた時だった。 「あれ?火宮さん?」 ふと、車道を挟んで向こう側の歩道に、スーツ姿の火宮を見つけた。 「あっ、本当だ。会長っすね」 「うん」 車道に横付けにされた車に乗り込むところだろう。 ドアを開けて、後ろを振り返っている火宮の姿が見える。 「って、え?女の人…」 火宮の後ろからスッと進み出てきた女性が、ニコリと火宮に笑いかける。 ハッとするような美人だ。 「っ…あれ…」 女性に応えるように軽く頷いた火宮が、丁寧にエスコートして、女性を車内に導く。 優雅な仕草で女性はそのまま車に乗り込んだ。 ザワッと嫌な感じに心がざわめく。 「ほわぁ…絵になるっすねー」 ポーッと感心したような呟きが隣から聞こえ、見れば浜崎が熱い視線を火宮と女性の方に向けていた。 「っ…そう、ですね…」 とてもお似合いで、とてもいい雰囲気の2人。 側を通り掛かる人の視線も、チラチラと奪われているのがこちらからでも分かる。 「っ…」 女性に続いて、スッとスマートに車に乗り込んでいく火宮が見えた。 「っ、行きましょう、浜崎さん」 「えっ?あっ、伏野さんっ。違うっすよ?あれはっ、その、多分、仕事の取引先の相手社長とか…」 プイッと火宮から目を逸らし、スタスタと歩き出した俺をどう思ったのか。 浜崎が慌てながら追ってきて、ワタワタと言い訳じみた言葉を叫んでいる。 「別に、分かってますよ」 今は仕事中で、女性と火宮の間に仕事上の関係以外の何があるわけでもないことくらい。 あの火宮がコソコソ浮気なんかするわけないことくらい。 「大丈夫です。別に疑ってなんか…」 妬くな、俺。 あれは仕事だ、仕事なんだ。 火宮が周囲の目を惹きつけることなんて、いつものことだ。 綺麗な女性とツーショットを見せられたくらい、なんだ。 恋人は俺だ。 俺はちゃんと愛されている。 「伏野さん…」 「気にしてません。ねっ、それより今日の夕食、何にしようかなー。何かいい献立ありますか?」 パッと気持ちを切り替えて、隣の浜崎をニコリと見上げる。 「そ、そうっすね。和洋中ならどれが…」 微妙に引きつった笑みを見せながらも、浜崎はそれ以上何も言って来なかった。

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