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第136話

それから2日後。 出かけるという火宮に連れられて、俺は車中の人となっていた。 「あ、の…」 何だかやけにピリピリとした空気につられて、緊張で喉が引き攣った。 「ん?」 ん、じゃなくてね…。 俺は何故か、現状がさっぱりわからない大混乱の中、ちょこんと後部座席に収まっていた。 朝、今日は出かけるぞ、と言われて、外出の支度をして出てきたのはいい。 てっきりいつもの外食か、デート的なお出掛けなんだろうと思って、行き先も聞かずに従ったのは俺が悪い。 だけど火宮も火宮で、何の説明もしてくれなかったのはどういうことか。 ビシッと決まったダークスーツ姿で、悠然と隣に座っているその姿が憎い。 「あの…火宮さん?」 マンションを出たら、3台ものいかにもな黒塗りの高級車でのお出迎えがあって。 真ん中の1台に乗り込んだ俺と火宮の前には、運転手と真鍋が乗っていて。 前後の2台の車はなんだと聞けば、「護衛」とだけ一言返ってきた。 「あの…これからどこへ?」 物々しく感じる警護と、仕事仕様の火宮の服装。 助手席の真鍋もブラックスーツで、どうやら遊びにという雰囲気ではまったくない。 「本家」 質問には、厭わず答えてくれるようだけど、端的すぎてその答えの意味がさっぱりわからない。 途方に暮れて、チラリとミラー越しに真鍋を見たら、呆れたような苦笑を浮かべた美貌が見えた。 「会長」 「なんだ」 「もしかして、翼さんに何の説明もなくお連れしたのですか?」 「聞かれたら答えるぞ」 それはつまり、やっぱり聞かなかった俺が悪いと。 「はぁっ。ですから翼さんはそのような普段着で…狐につままれたようなお顔をなされているわけですか」 「別に服装など何だって構わないだろう」 「会長が構わなくても、行き先を聞いたら、翼さんが構うと思いますが」 え。服装を構う行き先って一体…。 「クッ、着る物1つで、翼の評価など変わらん。それにこいつは堅気だ」 「……なるほど。きちんとしたお考えの元なのですね。失礼しました」 スッと頭を下げた真鍋が、どうやら引き下がってしまう様子だ。 「えっ?ちょっと待って。あの、火宮さん?真鍋さん?」 「何だ」 「何でしょうか」 隣からとミラー越しにと、2人の視線が一気に向いた。 「あ、え、その…ほ、本家って?」 とりあえず、疑問を1つずつ潰していこう。 チラッと隣の火宮を見たら、平然と頷く顔に出会った。 「本家と言えば、七重組の本宅だろう」 「え…?」 サラッと当たり前のことのように言われたけど、それは火宮の中だけの常識であって、俺からしたら…って、待った、その前に。 「七重組って…」 まさか、あの? そういえば以前、実園とかいう人と出会ったときも、チラッとだけ耳にしたような気がするけど。 「て、テレビとかでも聞く…」 関東一円を牛耳っているとか、最大勢力の指定暴力団だとか。 そういう前置きがつく、超有名ですごく大きな暴れるサークルさんなんじゃ…。 「それだな」 「え。えぇっ?!」 な、なんでそんな物騒極まりないところへ向かっているんだ…。 「クッ、さすがに怯んだか?」 「や、いや、その、何でかなって…」 怖いとかそういう以前に、ただただ意味がわからない。 コテンと首を傾げたら、火宮の目がゆるりと弧を描いた。 「ククッ、やはり翼は翼か」 「え?」 「相変わらず肝が据わっている。七重にはな、オヤジに会いに行く」 ふっ、と笑みを漏らしながら告げられた火宮の言葉。 だけどそれは俺に、今日1番の衝撃をもたらした。 「はぁぁぁっ?おとうさん?!」 いきなり、っていうか、何で俺も、っていうか、七重組に父親が?とか、親子揃ってヤクザか、とか。 パニックを起こした頭に次々と疑問が浮かび、そのどれもが言葉にならずに脳内をグルグル回る。 目を丸くして隣の火宮を見つめたら、ギュッと眉を寄せた変な顔をしていた。 「は?お父さん?」 疑問に跳ね上がった火宮の声が響く。 「え?」 「は?…あぁ、そうか、そうなるか」 「え?」 急に納得顔をした火宮と、クスクスと助手席から上がる笑い声。 意味がわからないのは俺だけで、キョロキョロと2人を見比べてしまう。 「あの…?」 「あぁ。オヤジというのは、何も本当の俺の父ではない」 「え…」 それはもしかして、複雑な生い立ちが、とかいう話になるやつ? 「おまえ…また何か勘違いしていないか?」 「えーと?」 「まぁ育ての親といえば遠からずだが…何もお涙頂戴の人情物語は出てこないぞ」 あ、そうなんだ…。 「俺がいうオヤジっていうのはな、七重組組長のことだ。俺がこの世界に入るきっかけになった人」 「え…」 それは、あの日の話に繋がる? 「ククッ、おまえは確かに賢い」 まだ何も言ってないけど…。 「その察した顔。そうだ、聖の一件で、荒れに荒れた俺を目に留めて、拾った人だ」 「っ…それは」 「あぁ。命の…いや、人生の、恩人か。俺はオヤジに出会っていなければ、今、ここに、こうしていない」 それがどんな出会いで、そこにどんな絆が生まれたのか。 火宮の表情は、とても穏やかで凪いだものだった。

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