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第165話

温度の低いシャワーを浴びて、とにかく冷静になろうと頭を冷やした。 ゆっくりと排水口に流れていった水は、薄っすらと赤く血の名残を見せていた。 「…あぁ。分かった…」 シャワーを済ませ、バスルームからそっとリビングに出て行ったら、火宮が誰かと電話をしていた。 ちょうど話が終わったところなのか、ゆっくりと下される火宮の手が見える。 「あの…」 「あぁ翼。浜崎の手術が終わったそうだ」 「っ!それでっ?!」 「命に別状はない」 「っぁ、本当に?…良かったぁぁ」 真鍋さんからだったんだ。 火宮がくれた情報に、ホッと力が抜けた。 「俺っ、俺…」 本当に良かった。 きっと大怪我をさせてしまったけれど、だけど命までもは失わなくて。 ガクンと力の抜けた膝が、床に落ちた。 「翼っ、大丈夫か?」 「あ、はい。あはは、何か気が抜けて」 無様に転がる寸前で抱きとめてくれた火宮の手が助かった。 ありがとうの気持ちを込めて見上げた火宮の顔は、けれどやけに冷たく固くて…。 「おまえはそんなに浜崎が…」 「え?」 何だろうか。 ボソッと呟かれた火宮の声が低すぎて、うまく聞き取れなかった。 「いや。とりあえず、今はまだ麻酔で眠っているようだが、すぐに目を覚ますだろう」 「そうですか。じゃぁお見舞い…」 明日には話せるだろうか。 ちゃんと会ってお礼を言いたい。 謝罪も。 「見舞い?そんなものはわざわざ行かなくていい」 「え…?」 あまりに予想外の言葉すぎて、思わずポカンと口が開いた。 「浜崎はただ自分の役目を果たしただけに過ぎない。おまえが労わなくても、真鍋辺りに行かせればいいだろう。幹部が来たとなれば浜崎も喜ぶ」 だから何なの、この人…。 お見舞いっていうのは、そういう義務的なものじゃないよね? 「火宮さん、俺は…」 だって浜崎さんは俺の盾じゃないんだよ? きっと痛かった。 怖いし苦しかっただろうし。 それでも身体を張って、俺を庇ってくれた、とても勇気のある人だから。 血も涙も通ってる、生身の人間なんだから。 「翼?」 不思議そうに俺を見つめる火宮にとっては、浜崎がまるでもののようで…。 「あぁ…」 あぁ、そうか。 火宮の視線の意味が、今分かった。 仕事だからと言い切り、身を投げ出すことを当たり前だとあっさり告げた。 死んでも仕方なかったと簡単に割り切りれる、あの冷たく心に触れた火宮の言葉たちは…。 「あなたは血を見ることに慣れすぎている…」 「なんだ?」 「人の死に、あまりに慣れすぎている…」 だから分からない。 だから、遠い。 付き合い始めてこれまでで今が1番、火宮との心の距離が開いているのを感じた。 「ごめんなさい、火宮さん。少し1人にして下さい…」 「翼?」 今の火宮の側にはいられない。 「翼、どうし…」 「ごめんなさいっ…」 疑問調の火宮の呼び声が聞こえたけれど、俺はガバッと一礼して、さっと寝室に逃げ込んだ。

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