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第182話

翌日。 火宮から帰りが遅くなると聞いていた俺は、さっさと1人で夕食を済ませ、風呂にも入ってリビングでのんびりしていた。 暇つぶしにつけたテレビでは、報道系の番組がやっている。 『……での通り魔事件の容疑者は…』 「あ…」 あの事件だ、ということはすぐに分かった。 何の気なしに眺めていたテレビに、今はすでに平和を取り戻している、けれど車が突っ込んだ場所には規制線の張られた、あの歩道が映っていた。 『…死傷者は7名、うち死亡が2人…』 「っ!」 死者が出ていたんだ。 今になって知る事実に、またも身体が震えてきた。 「1歩間違えたら俺が…そうじゃなくても浜崎さんが…」 怖っ、と鳥肌を立たせた俺は、不意にポンッと頭に大きな手を乗せられ、心臓が口から飛び出るほど驚いた。 「ひぃやぁっ!」 「クッ、なんだ大袈裟に」 「は?え?あ、火宮さん…。おかえりなさい」 「あぁ」 ケロリと頷くその顔が憎い。 「あの、いつもそうですけど、気配なくこっそり後ろに立つそれ、やめてもらえませんか」 「ククッ、何故。AVでも見て1人で悪さでもしているのか?」 ゆっくりと俺の前まで回り込んできた火宮が、ニヤリと悪い笑みを浮かべている。 「っ、まさかそれを疑って、そっと近づいてきてるんですか?」 現行犯を押さえようって? 「いや」 シラッと否定する火宮だけれど、目がちょっとだけ本気に見えるんですけど。 「っ!するわけないでしょっ…」 こんなオープンな場所で。 しかも自慰禁止令を破ったらどうなるかくらい分かってるし。 「ククッ、いい子だ。だが俺はただ本当に、派手に驚くおまえが可愛くて面白いから」 「人で遊ばないでください…」 このどS。本当ブレない。 「ふっ、だが…やけに真面目なニュース番組を見ているんだな」 クックッと喉を鳴らしながら、火宮の目がテレビに向いた。 「あー、これはたまたま」 「ふぅん。あの事件か」 「っ…はい」 チラリと目を戻した画面の中では、コメンテーターみたいな人が、真摯な顔をして事件を語っている。 「やっぱりヤクか」 「え?」 「組対がいただろう?あれが出張って来てたということは、この事件の背景も見えたようなものだ」 ふんっ、と吐息を漏らした火宮の目が、鋭く画面を睨んでいた。 中ではキャスターが、「責任能力の有無が」とか、「危険ドラックの蔓延が」とか。 火宮の言葉に繋がる話をしている。 「あー、でもソタイって?」 なんだそれ。そういえば病院のロビーでも同じ言葉を聞いたような…。 「あ?あぁ、組織犯罪対策部。通称、組対。サツの部署の1つだ」 「へぇ」 その組対さんと、何だか火宮は知り合い同士みたかったけど。 「ククッ、ヤクザとサツが何で顔見知りだったかって?」 「あ、いえ…」 読まれてらぁ。 「簡単な話だ。組対ってのは、薬物銃器、テロ、暴力団対策…といったあたりを取り扱っている部署だ」 「あー、それで」 あの刑事さんとは顔見知りで、例の事件は薬物絡みという話か。 「ククッ、さすがに賢い」 「分かれば簡単な話でした」 「あぁ」 「だけど1つ…」 分からないことがあるんだ。 「ん?なんだ」 「あの刑事さん…俺を知っていたんです…。そういえば前にハルも…」 「あぁ」 「警察のデーターベースって。俺がそれに載ってるって…」 何も悪いことはしていないし、もちろん前科なんてないはずなのに。 「俺のせいだな」 「え…?」 「俺が、ヤクザの頭だから。おまえ自身はカタギでも、俺のイロ…つまりは蒼羽会関係者として、マークされているんだろう」 「そうなんだ…」 何だかそう聞いても他人事みたいだ。 「別にそれに登録されているからって、何もしていないおまえがどうこうされるわけじゃない。どうやら構成員枠で載っているわけでもなさそうだしな」 「ふぅん」 「まぁでも、顔も名前も知れているからには、少しでも隙あらば、俺や蒼羽会の情報を得ようとつつかれないとも限らない」 やつらの汚いやり方だ、と吐き捨てる火宮にビクリとする。 「でも俺は何も…」 ヤクザ関係の火宮のことは、ほとんど何も知らないのに。 「あぁ。おまえはやつらに近づかれても、気にせず無視していればいい」 「それって、公務執行妨害とかには…」 「なるわけない。おまえはただの一般人。警察への協力は任意。無視したって別になんの罪にもならない。急いでいるから、とか適当に言って逃げればいい」 あっさり告げる火宮は、法律方面にも明るそうで、何だかとても頼もしく見える。 「はい」 「まぁそもそも、護衛がついていて、組対なんぞをおまえに近づかせはしないがな」 したら首でも飛ばす、と笑う火宮は、残忍なヤクザの頭で。 「怖いから!」 「ククッ、比喩だぞ?」 確かにクビって普通にも使うけどさ。 「火宮さんがいうとシャレになんないって…」 「真鍋か。浜崎か」 「う…」 どっちもだけど。 「クッ、まぁいい。とにかく俺の立場のせいで、おまえが困ることは極力なくす。それでも何か不快な目にあったら、すぐに俺に言え」 「っ、はい…」 「必ず何とかしてやる」 「っ!」 あぁ、もう本当に、俺は大事にされている。 「ありがとうございます」 「ふっ、元はと言えば、俺のせいなんだから、おまえは俺を責めこそすれ」 感謝はいらないって? 「いいえ。だって俺は、最初から火宮さんがヤクザだって知ってて側にいることを選んだんだから。その俺に配慮してくれるのは、やっぱりありがたいです」 むしろ足手纏いじゃないか心配なくらい。 「ふっ、やっぱりおまえは…」 「え?」 「いや。俺はおまえがいい」 ふわりと、意地悪も何の含みもない、柔らかい火宮の笑みだった。 「な、にを…」 やばい。 その顔は、あまりに心臓直撃すぎる。 「ん?」 「っ、もう、不意打ちでそういうの、ズルいですっ」 こんなにトロトロに甘やかされて。 「ククッ、なんだその弛んだ顔は」 可愛いが、と笑う火宮の目には、少しだけ意地悪な色が混ざっていて。 「べーつーにー」 ツン、とそっぽを向いた顔は照れ隠し。 「ククッ、まぁいい。着替えてくる」 ぽん、と軽く頭を撫でていった火宮が、自室に消えていった。

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