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第194話

どうしよ…。 リビングのソファーの上で両足を抱えて丸くなって、ぼんやりと考える。 1人きりのリビングが、なんだかいつにも増してガランと広い気がする。 「やっぱりやだよ…。やだぁ…」 目を擦った手の甲を、じわりと濡らしたのは滲んだ涙か。 「捨てないで。飽きないで…」 組を支える姐にはなれない。 だけど姐さんを迎える火宮を黙って見ていることもできない。 愛人として側にいるのは嫌で、だけど捨てられるのも嫌。 「あれも嫌、これも嫌じゃ…火宮さんに呆れられるのも時間の問題だよね…」 『愛人の座についてやる』と、正々堂々笑った廣瀬を思い出す。 「っ…あんなに可愛い人で、あんな風にちゃんと覚悟が決まってて、自信も持ってて…」 敵わない。 廣瀬でなくても、この先ああしていくらでも、火宮の隣を狙う人間は現れるだろう。 「っ、俺は…」 それに対して、どう対抗できる? 「っ…」 料理がもっと上手くなればいい? 朝、寝坊したりしないで、仕事に行く火宮をちゃんと見送るのは当たり前か。 えっちも…火宮の要求にちゃんと応えて、もっと上手く、もっと火宮を満足させられるようになれば…。 「っ…足りないよ…」 その程度、きっと俺じゃなくたって、誰にでも出来る。 「どうしたら。どうしたら…」 火宮に望まれるためには。側にずっと置いていたいって思ってもらえるようになるためには。 「分かんない…」 結局俺は、火宮がいつか必要とする姐になれない時点で、何をどうしようと無駄なんじゃないだろうか。 公私とものパートナーを、火宮が求め、愛人になる覚悟はない俺は。 「いつか来る別れなら、いっそ今…」 握った拳が、小さく震えた。 「っ?!」 不意に、テーブルの上に放置してあったスマホが鳴った。 「真鍋さん?」 ディスプレイに表示された文字を見て、俺は慌てて通話ボタンをスライドさせる。 「もしもし?」 涙声にならないようにと腹に力を入れた俺の耳に、いつもと変わらないクールな真鍋の声が届いてきた。 『会長の本日の帰宅時間のご連絡です』 「はい」 『本日は深夜まで所用がありまして、帰宅できるのは未明になるかと。夕食はお1人でお済ませになって、先に休んでいてくださいとのことです』 「わ、かりました…ありがとうございます」 淡々と要件だけを告げてくる機械的な真鍋にはホッとする。 だけど、今日はもう会えないんだ、と沈む声は隠しきれなかった。 『翼さん?』 「いえ!お仕事頑張ってくださいって伝えて下さい」 『かしこまりました。あぁ、私も今日は家庭教師に伺えないので』 「はい。自習、ちゃんとしておきます」 あぁ、真鍋は安定してる。 『翼さん…。大丈夫ですか?』 「え?」 いきなり、感情を込めたその声は何。 電話のこちらでビクッと身体が跳ねる。 『差し出がましいようですが、翼さん。どうぞ、会長をお信じになっていて下さい』 「え…」 『あなたは会長のお気持ちを、ただ信じでいて下さい。では、失礼します』 え…? 謎の言葉を残して、真鍋との通話はプツリと切れた。 「火宮さんの気持ち…?」 『愛している』 『俺の、唯一にして最愛のイロ』 『ハタチになったら、1番美味い酒を、真っ先に飲ませてやる』 いくらだって信じたい言葉は浮かんでくる。 「っ…俺は…」 俺だって愛してる。 ただ1人、火宮だけを。 未来もずっと共にいたいと思ってる。 「俺は…」 あぁ、分からない。 もう何をどうしたいのか。 何からどう考えたらいいのか。 「っ…」 ゴトンと手から滑り落ちたスマホが床に当たって音を立てても、俺はぐるぐる巡る思考に意識を取られ、全く気づかなかった。

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