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第262話※
「うっ…」
これはさすがに予想していなかった。
思わず息も詰まるというもの。
火宮に言われた紙袋を取りに行った俺は、チラリと見えたその袋の中身に、げっそりと溜息をついた。
「これ、本気でやらせる気ですか…」
透明なフィルムでラッピングされた、ストライプ柄がお洒落な布。
リボンのついたシールがフィルムに貼られているから、多分プレゼント仕様なのだろうその物体は…。
「ククッ、深い意味はないぞ。ただおまえがよく料理をするから、ちょうどたまたま似合いそうな柄を見つけて買っただけで。それをまさか、真っ先に仕置きに使うことになろうとは」
ニヤリと意地悪く微笑んでいる火宮の言葉は、絶対に真に受けちゃいけない。
10歩譲って、仕置きに使うつもりは本当になかったとしても、たまたま見つけて買った、という言葉の裏で、何を目論んでいたかなんていうのは火を見るよりも明らかだ。
「わざわざプレゼント仕様の時点で、何考えてたのかバレバレなんですけど」
「ククッ、仕置きじゃなければ、普通の使用法で普通に使えたのにな」
「………」
あなたの普通は俺の非常識です!
こんなの、絶対に何かしらあれこれと理由をつけて、いかがわしい用途に使う気満々だったに決まってる。
「まぁどちらにしろ、今日は仕置きが必要になったからな」
「っ…」
あぁ見事に火宮に口実を与えちゃったわけね、俺は。
「クッ、翼。それを開けて、着けてみろ。どうやらおまえは隠し事が得意らしいし?裸が隠せて嬉しいだろう?」
こンのどS!
その嫌味ったらしい口調と、意地悪な視線は何だ。
仕置きだ、と言われるけど、これは本当に…。
「裸エプロンとか…」
本気で泣きそうだ。
何が悲しくて、そんなに恥ずかしい格好をしなくてはならないのか。
散々見られた全裸より、何故か異様に恥ずかしい気がするのは何でだ。
まぁ裸エプロンと聞いて想像するような、いかにもなフリフリエプロンじゃないのが救いだけど、とりあえず袋から引っ張り出して開けてみたそれは、本当にお洒落なハイセンスのブランド物のメンズエプロンで。
「ククッ、俺がいいと言うまで、その格好だ。他の男に押し倒されるような隙があるおまえにはちょうどいい仕置きだろう」
「っ…」
「隙だらけのその格好で、どこまで耐えられるだろうな?」
ニヤァッ、と悪い笑みを浮かべた火宮は、絶対に何かを企んでいる。
どうせ着せて眺めるだけでは済まないのだろうな、と思うと、それだけで涙が滲んできた。
「ほら翼。ぐずぐずしていると、ぶつぞ」
「っ!」
待って、鞭!
一体どこから出した!
パシッと弄ばれる、火宮の手の中の鞭に怯え、俺は渋々ながらも急いで、そのエプロンを身に付けた。
「ほぉ…」
うわぁ、その眇められた満足そうな目。
ソファにふんぞり返って、俺の全身を上から下まで舐めるように滑っていく視線が痛い。
「ふぅん。翼、そのまま一回転してみろ」
「………」
さすが、どS様。
正面を向いている分には色々と隠れていて、まだ恥ずかしさがマシだけど。
後ろを向いたら、裸なのがわかるし。お尻は完全に露出しているし。
「っ…」
嫌、と首を左右に振ったら、パシッと手の中で鞭を弄んだ火宮が、ニヤリと頬を持ち上げた。
「そうか。明日、椅子に座れなくなってもいいのか」
「っ!」
遠回しな脅しだろうそれは、命令に逆らえば、いつでも痛みを与えるぞ、という宣言か。
あぁなんで俺、こんなサディスティックで意地悪な人が好きなんだろう。
恋人に向かって鞭打ち宣言するとか、色々歪みまくっている。
でも、楽しそうなんだよね…。
その目の奥には、決して俺を本気で傷つけることはないっていう、信頼に足るだけの愛おしさが見えるから。
「はぁっ…」
絆される。
まぁそもそもお仕置きをされるような真似をした俺が悪いか…。
俺はぐっと奥歯を噛み締め、腹をくくってくるりと身体を一回転させた。
「こら。もっとゆっくり」
「う…」
デスヨネー。
スケーターもびっくりな勢いで回ったら、やっぱり指摘されてしまった。
「うぅ…」
これでいいですか…。
今度は一歩一歩ゆっくりと、くるりと身体を回したら、露出した脇とか背中とか、もちろん丸出しのお尻とかに、ジッと火宮の視線を感じた。
やば…。
その視線の熱さと羞恥から、身体がジワリと熱くなる。
「ククッ、似合うぞ」
「っ…」
この状態で褒められてもね。
何にも嬉しくない。
「もっ、いいですか…」
やっぱりこれで満足して。
服を着させて、と縋るように向けた視線は、火宮の艶やかな笑みと左右に振られた頭が返事に変わった。
「まだまだ仕置きはこれからだ。そうだな、翼。せっかくエプロンをつけたんだ。家事でもしてもらおうか」
「っ…」
このどS。
やっぱり眺めるだけでは飽き足らず、何をさせる気か。
「とりあえず、酒でももらおうか、奥さん」
ニヤリと笑った火宮の、晩酌の用意をしろとの命令に、奥歯をギリッと軋ませた。
「っ、くそっ。分かりましたっ!」
拒否すれば鞭、と思うから、嫌でも恥ずかしくても従うしかない。
「クッ、クックックッ…」
笑うなら笑え。
せめてもの抵抗だと、俺は火宮に正面を向けたまま、後ずさりでソロソロとキッチンに向かった。
「本当、おまえは飽きさせないな」
「あなたは本当、Sですよねっ!」
こんなお仕置き。
よく考えつくものだ。
とりあえずキッチンに逃げ込み、火宮の視線から隠れたことでホッとして、俺はグラスと氷、酒のボトルを用意した。
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