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第297話
コトン、と目の前のテーブルに置かれたカップから、あったかそうな湯気が立っている。
「ありがとうございます」
あれから仕事を終えた火宮と共に宝石店に向かい、いよいよ本決まりしたデザインで、実際の指輪を作成してもらうことに決めてきた。
完成までは2、3週間。そうしてようやくペアリングができてくるらしい。
まぁ火宮に言わせればマリッジリングらしいけど。
その、行き帰りの車の中で、俺は今日1日、学校であったことをすべて話していた。
「ククッ、疲れたか?」
俺にはホットココアをいれてくれて、自分はブランデーグラスを片手に、ソファに腰を下ろす。
隣でキシッと音がして、身体が僅かにそちらに傾いた。
「っ、や、いえ…」
「強がって。相変わらず高級店には慣れないんだろう?」
そこが面白い、と笑っている火宮は、宝石店で俺がガチガチになっていたのを思い出してでもいるのか。
ククッ、と鳴らされる喉の音はとても楽しげだ。
「別に。あ、いただきます」
ツン、と背けた顔で、テーブルの上のカップを視界に捉える。
ありがたく取ったそれを、口へ運ぶ。
「あ。甘い」
「ククッ、疲れた頭には糖分だろう」
「っ…」
この人は…。
いつも意地悪で、俺を苛めることが大好きなくせに。
こんな穏やかな、柔らかい空気で優しく包んでくれることも出来るんだ。
「本当、敵わない」
車内でも、ただ静かに俺の話を聞いてくれて。
今もこうして黙って俺を気遣ってくれる。
「っ…俺は」
「ん?」
「俺、バラしちゃったんですよ?火宮さんがヤクザだって。俺と、その、パ、パートナーだって…」
火宮の許可なく、つい勢いで。
怒ってますよね?と見上げた火宮は、ただ穏やかに笑っていた。
「おまえが必要だと思ってそうしたんだろう?」
「っ、それは…」
少しは自棄も混ざっていたけど。
「失敗したと思っているか?」
「いいえ。俺的には、あれでよかったと思っています」
「ならば、自信を持って堂々としていればいい」
「っ…火宮さん」
本当に、本当にこの人は。
どうして俺の言わない気持ちまで、見透かすように分かってくれるんだろう。
「俺はな、おまえのその、強くしなやかな心根に惚れたんだ。だから、おまえはおまえがこうだと思う道を、正々堂々と歩いていけばいい」
っーー!
もう本当、悔しいなぁ。
自信を持て、って、そんなにしっかりと背中を支えられちゃったら、もう嬉しくて涙が出てくるじゃないか。
「格好良すぎです…」
「ククッ、惚れ直したか」
「んもー、これ以上惚れることなんてないくらい、元から全力で大好きですよーだ」
べぇ、と出した舌を、火宮が目を細めて見つめてくる。
「クッ、それはディープキスの催促か?」
「はぁっ?なっ…」
どこをどう見たらそういう解釈になるのか。
その意地悪く吊り上がった唇が怖い。
「本当、Sなんですから」
ちょっと見直したのに、すぐこれだ。
「ククッ、嫌か?」
「っ、ずるいですよ」
嫌じゃないのを分かっていて聞いてくるんだから。
「俺は狡い大人だからな」
「俺が馬鹿正直な子供って言ってます?」
「まさか。おまえの強さと潔さは、俺には眩しい限りだよ」
そういう火宮は、きっと知っている。
肩書きによる差別と偏見、その名で貶められることもあれば、崇められることもあるということ。
ふっ、と少しだけ遠い目をする火宮は、一体何を見ているのか。
「っ…」
遠い過去の情景を映すように揺れる、火宮の瞳が嫌で、俺は。
「火宮さん」
「なんだ」
「ふふ、今日は俺がしてあげます」
あなたが好きです。
全力で俺の味方をしてくれる、今のあなたが。
「ッ、翼?」
「シィー、黙って」
スルリと降りたソファの下、火宮の足の間の床に膝をつき、チラリと見上げた火宮に微笑みかける。
「おい」
カラン、と火宮の手の中のグラスが鳴って、ジーッとファスナーの下がる音がそれに重なった。
「んっ…」
下着の上から、普通の状態でも大っきいのが分かる、火宮の性器をそっと撫でる。
「クッ…」
はむっ、と下着の上からそこに食いついたら、火宮が軽く笑って、ゆったりと足を開いた。
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