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第296話
「えー、残念」とか「ですから会長は…」と、夏原と真鍋の呟きが聞こえてくる。
俺は、火宮の膝の上にひょいっと抱き上げられて、その腕の中で、ダパーッと涙を溢れさせていた。
「うぇっ、ひぐっ、ほ、本当にされるかと…」
怖かった。
「バカっ。意地悪。鬼」
訳が分からなくなって、頭がぐちゃぐちゃで、ドンドンと火宮の胸を叩いてしまう。
「ククッ、おまえが悪さをするからだ」
「会長、顔、顔」
「はぁっ、本当に翼さんにだけはお甘い」
柔らかく緩んだ火宮の顔と、夏原の苦笑混じりの驚きの目。クールな幹部様は、相変わらずの無表情で、深い溜息だけを吐いている。
「この可愛い泣き顔」
っ、このどS。
あっちにもこっちにも。
「まぁ懲りただろう?次は真鍋にバレないようにやれよ」
「会長っ!ですからそもそもサボりなど…」
「ふん。翼がただいたずらに授業をサボるわけがないことくらいは、おまえだって分かっているだろう?」
え…。
ふらりと見上げてしまった火宮の目は、ちゃんと俺への信頼と、理解を示して和んでいた。
「っ、火宮さん…」
「真鍋?」
「ですがどんな理由があろうとですね…」
「ふんっ。トップ」
「会長?」
「今度の中間で、トップを取る。それでいいだろう?」
授業を受けなかった分の埋め合わせはそれで十分って?
「ちょっ、ちょ…」
「まぁいいでしょう。そのくらいの自信があるから授業など出ないというのなら、納得します」
待って。何を勝手に決めてるの、この人たち。
「まぁね、教師もそれなら大目に見るかもね」
夏原さんまで!
「あのっ、それって、もしトップを取れなかったら…」
怖い、怖い、怖い。
下手な約束はしたくないんだけど。
「そのときはもちろん」
「鞭もこれも、だろう?」
ニヤリと向けられる火宮の視線は、机の上の玩具へで。
「っーー!」
これは死ぬ気で勉強しなきゃ…。
「ククッ、だからおまえは、もう少し後先考えて動けと言っているだろう?」
あー、なんか、勢いで教室を飛び出したの、火宮に気づかれている感じ。
「うぅ、ついカッとして…」
「まぁいい。今日の話は後で車の中ででも聞いてやる」
「車?」
帰りがてらってこと?
「ん?今日は、指輪の原型が出来たそうだから確認と打ち合わせにショップへ行く予定だ」
「あ、だから事務所に呼ばれたんですか」
「あぁ。そういうことだから、真鍋、夏原」
「はい」
「さっさと仕事を片付けるぞ。翼はここで課題でもしていろ」
わー、社長椅子!
自分は立ち上がって、俺を椅子に下ろした火宮が、ソファセットの方へ歩いていく。
「うふふふ…」
座り心地が最高で、なんか重厚感があって、偉い人になった気分だ。
くるくると椅子を回して、背もたれに踏ん反り返って、思わずこの席を満喫してしまう。
「………」
「会長、顔、顔」
「あいつは俺をどうしたいんだ、まったく…」
社長椅子からの景色はこんななのかー。
「まぁ、会長のお顔が緩むのも分かりますけど…確かに可愛い」
「夏原?おまえ」
「いやいやいや、違いますよ?まさか会長の本命に手を出そうなどとはまったく」
ん?あれ…。
なんか見られてる?
ソファに揃った3人の視線が、何故か俺に向いている。
「ぷっ、クックックッ」
「会長。だらしのない顔をなされていないで、仕事を…」
「ふん、小舅めが」
「ふふ、でも俺はやっぱり能貴がいい」
な、なんだろう…。
もしかして、社長椅子にはしゃいでいたの、見られてたのかな。
それは恥ずかしい。
「さーて、勉強、勉強」
ふらぁっ、とあらぬ方向に視線を泳がせて、俺は誤魔化すように、机の上にノートを広げた。
「クッ、ははは」
「ですから会長っ!」
「会長が声を上げてお笑いに…」
なんだか向こうのどSさんたちこそ、仕事をサボっているようにしか見えないんだけど…。
「っ…」
ていうか、机の上のコレ、邪魔…。
どうせ火宮の確信犯。
置きっ放しにされていたアナルパールとやらを、俺は嫌々つまみ上げ、そぉっと隅っこの方に追いやった。
ククッ、と堪え切れないといった笑い声が、ソファの方から響いていた。
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