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第325話

✳︎暴力・流血表現、過激な描写を含みます。 ご注意下さい。 「口を使ったのは、どいつだ」 低く物理的な力さえ感じる火宮の声が響いた。 ビクッと身を震わせた先輩の1人がいたことには、俺ですら気づいた。 あ…。 顔の見分けはつかないんだけど、今動いたのが、その人だろう。 「池田、その右から2番目のやつだ」 「はい」 火宮が冷たく言い放った瞬間、言われた先輩がガタガタと震え出した。 っ…。 ズルズルと、先輩の1人が火宮の前に引きずり出される。 完全に怯えきった先輩の目が、赦しを乞うように火宮を見上げた。 「剥げ」 火宮に命じられて動いた池田に、先輩は、ズボンを、下着を剥ぎ取られる。 完全に恐慌状態に陥って暴れる先輩を、他の構成員がたやすく押さえつけていた。 「会長」 「あぁ。切り落とせ」 ヒッ、と息を飲んだ先輩と、ビクッと俺が肩を跳ねさせてしまったのは、ほぼ同時だった。 まさか…。 「俺のイロに触れたな。口を汚してくれた礼だ」 「ヒッ、ヒィッ、た、助けて!赦してくれぇぇっ…」 ギラッとナイフの刃が光を弾く。 悲痛な叫びに重なって、ザシュッと肉を裂く嫌な音が聞こえた。 っ! 声が出なくてよかった。 でなければ俺も、先輩に負けず劣らずの悲鳴を上げていただろうから。 ひ、どい…。 血がドクドクと流れる地面。躊躇いなく振るわれる刃。白目を剥いてピクピクと痙攣を起こす先輩の姿から、それでも俺は目を逸らさない。 これは、火宮の罪。 そして、俺の。 「次はどいつだ。俺の唯一最愛のイロの、大切な場所を汚した指」 切り落とせ、と命じる火宮から、先輩たちがジタバタと逃げ惑う。 まるで地面でのたうつ魚みたいだ。 這ってもがいてズルズルと動く身体は、数センチも進んでいない。 「ヒィッ、赦してくれぇぇっ」 「ウギャァァッ!」 「ヒギィッ…俺の、俺の…アハハハハ」 地獄絵図、というのはこのことか。 ふわりと鼻につく鉄臭さが、目に映る鮮明な赤色と重なって、これが現実の出来事だと教えてくれる。 血が、じわりじわりと地面に広がり、混ざり合ったいくつもの液体が、ぐちゃぐちゃに地面を汚している。 ポタリ、と池田が手にしたナイフから、血が一滴したたり落ち、構成員たちが動きを止めたところで、ゆっくりと、火宮が組んでいた足を解いた。 「ふん。全員息はあるな?」 チラリと確認した火宮に、池田たちが頷く。 狂ったように笑っている先輩、呻くだけで動けない先輩、ガクガクと震えて涎を垂らし、放心状態の先輩。 それでもかろうじて、全員生きてはいた。 「最後に聞く。主犯は誰だ」 ピン、と空気が張り詰めた。 火宮がゆっくりと、椅子から立ち上がる。 ギクリと身を強張らせた先輩たちが、チラチラと1人の先輩に視線を送った。 「貴様か」 スゥッと細められた火宮の目が、先輩たちの視線を集めた1人に向く。 手のひらを上に向けて差し出された火宮の手に、真鍋がどこから取り出したか、すかさず拳銃のグリップを乗せた。 カツン、と革靴の足音を響かせた火宮に、ビクンッ、と身を竦ませた先輩が、無意味に首をブンブンと振り回す。 カチリ、と外された安全装置の音が、やけに大きく耳に響いた。 ニヤリとも、ニコリともしない、完全な無表情。 てっきり怒りのオーラや、苛烈な激昂を見せるかと思いきや、ただ淡々と、むしろ怖いくらい静かで凪いだ様子で、火宮は先輩に向かって歩いていく。 「最後に言い残すことはあるか?あぁ、うるさい命乞いなんかをしたら、その舌、初めに引っこ抜いてやる」 そんな明らかな脅し文句を吐かれ、口が利ける人間がいたらお目にかかりたい。 当然先輩も、ただプルプルと身体を震わせるだけで、何の言葉も出ないようだった。 「安心しろ。それでも堅気だ。1発で楽に逝かせてやる」 嬲り殺しはしない、と火宮は言うが、散々拷問の目に遭わせておいて今さら言う台詞じゃない。 カツン、とまた1つ、先輩との距離を縮めた火宮を見て、俺はそっと1つ息をついた。 そのままグッと足に力を込めて、タンッと地を蹴る。 「ッ…」 流石の真鍋も反応が遅れたか。 俺は俺の行動を、誰にも邪魔されることなく、バッ、と両腕を広げて、火宮と先輩の間に立ち塞がっていた。 「翼さんっ?!」 ジッと火宮の闇色をした目を見つめる。 「翼」 咎めるように吐かれた火宮の声は分かった。だけど、俺は引かない。 ーー殺させない。 音を作らない言葉を口に乗せた俺に、火宮の睨みが向く。 「そこを退け、翼」 ドスの効いた低い声を出されても。 俺は、ジッと火宮を見つめたまま、はっきりと首を左右に振った。

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