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第326話

ピン、と空気が張り詰めた。 俺と火宮が睨み合い、蒼羽会の人間が誰も動けない、強張った空気が流れた。 モゾモゾと動くのは、地面に這い蹲った先輩たちで、微かな呻き声を上げているのも彼らだ。 その他の音が、一切止んだ倉庫内の空気を、一瞬のちに破ったのは、火宮の方だった。 「真鍋」 静かな呼び声が響く。 端的に名を呼ぶだけのそれは、俺を退かせろという命令か。 ーー退きませんよ。 睨みを利かせて、俺は再び首を左右に振った。 先輩を撃ちたければ、あなたがその手で俺を強制的に排除してからにして下さい。 そう、その銃口を、俺に向ければいい。 「翼!」 怒鳴られたって退くもんか。 あなたに先輩は殺させない。 俺はやっぱり、最後のその一線だけは、あなたに越えさせたくはないみたいです。 「翼…」 思わず自分の顔に浮かんでしまった笑みには気づいていた。 火宮が驚いたように軽く目を瞠る。 どうしてもと言うのなら。 ーー俺がやる。 ゆっくりと踵を返し、次にはパッと池田の手にしたナイフに狙いをつけ、俺はそれを奪い取りに行った。 「ッ…」 俺を傷つけまいと怯んだ池田の負けだ。 バッと略奪したナイフは、俺の手の中にある。 「翼っ!」 銃は扱えないから、俺はコレを使わせてもらうよ。 すでに人の血に塗れたナイフは、もう光を弾かない。 突然のことに息を乱した火宮たちが反応できない隙をついて、俺は主犯だという先輩を仰向けに押し倒し、馬乗りになって、ナイフを頭上高く振りかぶった。 「やめろっ!駄目だ、翼っ!」 「翼さんっ」 火宮と真鍋が地を蹴った音がする。 けれどももう遅い。 あなたがそう願うのと同じで、俺もあなたに人の命を奪ってなんて欲しくないんです。 ザンッ、と躊躇いなく振り下ろした刃が、ガツッと鈍い手応えを得た。 ジワリ、と、先輩の下に溢れ出た液体が、ゆっくりと地面に広がっていく。 「ッ…翼」 すぐ間近から火宮の声が聞こえて、俺はジーンとした痺れが伝わったナイフの柄から、ゆっくりと手を離した。

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