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第335話

「おっ、来た来た。翼、大丈夫か?」 朝一番。教室のドアをくぐった瞬間、真っ先に豊峰が駆け寄ってきてくれた。 『うん。おはよ。ただ、ごめん。見ての通り、声が出ない』 サッとポケットから取り出したメモ帳に、サラサラと文字を書く。 読み易いようにそれを豊峰の方に向けたら、ポンッと軽く肩を叩かれた。 「聞いてる」 え? 「あの幹部様。昨日、たぶん事後処理だろ、学校に来ていてさ。ついでのように、俺に話して行ったよ」 『そうなんだ』 「組織としての命令じゃなく、翼の友人として頼む、って。おまえが困ったら助けてやって欲しいってさ。相変わらず大事にされてんねー」 さすがは蒼羽会会長の本命、と笑う豊峰がいる。 『あはは。大事、か』 本当、今回はすごく真鍋にお世話になったな。 「まぁ、色々フォローは任せろ。委員会とかも、付き合ってやるし」 にかっと笑う豊峰が頼もしい。 この人、こんなに面倒見がいいタイプだったのか。 『ありがとう』 不安は元々それほどない。でも心強い。 にっこり笑ってペコリと頭を下げたところに、バタバタと新たな足音が近づいてきた。 「抜け駆けズルいし、そこ」 「あぁ?」 「つー、俺も。俺もフォローとか手助けとかなんでもするし」 気軽に声かけてよ、と笑うタクトが、俺たちの話に割り込んできた。 「俺もいるからね」 ノリまで…みんな。 もうっ、本当、ありがとう。 『ありがとう』 文字にすればたった一言。 だけど、この嬉しさとありがたさは、そんな文字では言い表せないほど溢れていて。 「泣くなし」 『泣いてないよ!』 確かにちょっと目がウルッときちゃったけどさ。 「まぁそういうことだから、翼、あまり学校生活に心配は…」 教室の入り口から、ゆっくりと席の方に移動しながら歩いていたところで、またさらに新たな1グループが近寄ってきた。 「あ、あの、翼くん…?」 恐る恐る声をかけてきたのは、多少派手めの女子3人組の、リーダー格っぽい女の子だ。 『えっと…』 「あー、私はリカ。その、昨日、超絶イケメンが来たときに、話、聞いちゃってさ」 超絶イケメンって…。 「幹部様だろ」 にっ、と揶揄うように笑う豊峰に、納得する。 『そう』 「うん。それで、私たち…何か力になれること、あるかな?って」 『え…?』 それってどういう…。 「まぁ、あの見目麗しい美形様に、『翼さんをよろしく』なんて微笑まれちゃったのもあるんだけどさー」 え。真鍋が微笑んだ? なんてレアなものを、人がちょっと欠席しているうちに、こんな学校でお披露目しているんだ、あの人は。 「だけどその、それだけじゃなくてさ。もちろん同情でもない。ただ、私さ、翼くんのこの前の宣言聞いてから、色々考えてて…」 『考え?』 「うん。私は、友達を、クラスメイトを、どう見ていたのかな、って」 「あたしも。あ、あたしはユカ」 『うん…』 「それでね、事故で声がって聞いたときさ、普通に、力になりたいなって。本当、なんの構えもなくさ、すんなりと…素直に思ったから…」 っ…それは。 「だから…その、急だし、今さらなのかもしれないけれど…」 っ、それはつまり、俺と仲良くしてくれるってこと?普通に、接して、くれるって、こと? 「翼くんがよければなんだけど。私は仲良くさせてもらいたいな。それから、頼って欲しい」 にこりと笑うリカと名乗った女子は、とても綺麗な笑顔をしていて。 っ…。 『ありがとう』 今度こそ、俺は本当に泣いてしまいそうだった。 「ピュゥッ、翼、モテるぅ」 ちょっと、藍くん? 「何それつーズルイ」 あの、タクト? 「翼が女子に懐かれてデレデレしてた、って、会長サンにチクってやるか」 『デレデレなんてしてない!』 もう、藍くんはまったく…。 だけどお陰でみっともなく泣き出すことは避けられた。 「あははー。私別に、翼くんのことは狙ってないからね。翼くんより、どっちかっていうと、あの、執事だか秘書さんだかの美形…」 「はっ、アレ、ヤクザの幹部だぜ?翼んトコのナンバー2」 「えぇっ?ヤクザにあんな美形がいるわけ?でもあの人なら、ヤクザとかどうでもいいかも!むしろ紹介してーってレベル!」 なんだか『ヤクザ』なんて単語が出ているのに、豊峰とリカの会話があまりに普通だ。 「だとよ?翼」 『え!俺にふる?それ』 あの人、俺史上最強のどSなんだけど。 絶対にやめておいた方がいいと思うんだけど。 「ねぇ、翼くん。彼、フリーかな?」 『ま、まぁ、多分フリーではあるだろうけど…』 夏原に狙われてはいるけど、別に付き合ってないし、彼女がいるとかも聞いたことがないし。 「マジでー?狙っちゃおうかな、私」 やめておいた方が身のため…という言葉は胸の中だけに留めておいて、とりあえず曖昧に微笑んでみる。 「あー、でも翼くんのその顔。それも可愛くて捨てがたいよねー」 『え』 いやいやいや、俺は恋人いるから! ギクリとなった俺を、豊峰がニヤニヤと意味ありげに見ている。 ちょっと、こここそフォローしてくれる場面じゃないの? 思考が文字に追いつかない俺を、豊峰がさも楽しげに、リカたちはワイワイキャァキャァ。タクトとノリにも囲まれたままで、なんだか俺の周りは俄かに騒がしかった。

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