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第344話

それからの1週間は、いよいよ体育祭の準備にも本腰が入り始めて、委員のみでなく、作業はクラスごとに持ち帰った分を生徒みんなでやる形になっていた。 仕切りは当然、実行委員の俺たちなんだけど、口の利けない俺の代わりに、佐々木が随分と頑張ってくれた。 それでもやっぱり、あれやこれやの質問や雑用は多く、なんだかバタバタした忙しい1週間だった。 そうして慌ただしくしていると、あっという間に1週間なんてものは過ぎてしまい、気づけば週末、火宮と旅行に出かける日が訪れていた。 「おい翼、まだか?」 っー!すみません…。 こんな日に限って寝坊とか。 しかも昨日は疲れていて、うっかり支度の途中で寝てしまった。 「ククッ、楽しみにし過ぎて、眠れなかったのか?」 ガキ、と笑っている火宮は、ばっちり支度の整った、完璧な姿で。 やけにラフな白Tシャツに、けれど羽織ったテーラードジャケットがお洒落で。袖まくりなんかしちゃってるんだけど、着こなしていて似合っていて、格好いいのが本当ずるい。 「クッ、なんだ、ぼんやりして。荷物は詰め終わったのか?」 思わず見惚れて手を止めてしまっていた俺は、ハッとして慌ててバッグにギュウギュウと着替えを詰め込んだ。 「ったく、別に1泊だし、何もかも向こうに揃っているのだから、荷物なんていらないものを」 そういう火宮は、確かに小さなボストンバッグが1つだ。 俺の大きなスポーツバッグに比べたら、随分と差がありすぎる。 「一体何を詰めているのやら」 女子か、と笑っている火宮が、ならついでに、なんて、どさくさに紛れて大人の玩具を投げ寄越して邪魔してくる。 んもう!こんなの持ってかないから! ぷくっ、と頬を膨らめて、その卑猥な形をした代物を投げ捨てる。それと同時に、さっさとバッグのチャックを閉じる。 ーーよし。完了です。 いつまでもバッグを開けていたら、火宮に余計なものまで詰め込められかねない。 オッケー、と思って、バッグを持って立ち上がろうとしたら、横からひょいっとそれを奪われてしまった。 っ、自分で持つのに…。 もう、こういうスマートなところがずるいんだよね。 むっとなるけど、だからって無理矢理取り返すのも子供っぽいかと思い、結局火宮に荷物持ちをさせてしまう。 「ほら、行くぞ」 すでに下で車が待っているらしく、火宮はキーを持たずに部屋を出て行く。 送迎か…。 さすがに県外、火宮の運転で2人きりというわけにはいかないらしい。 「クッ、送迎、護衛は、なるべく見知った人間で固めた。あまり気を使うなよ」 及川に浜崎、以下数名、と名を挙げる火宮に頷く。 「小舅は留守番だ。清々するだろ」 ククッと笑う火宮の、人の悪いこと、悪いこと。 ちょうどエントランス前に辿り着いて、見送りのために真鍋が目の前にいるのに気づいて言っているのだ。 「おはようございます、会長、翼さん。お留守の間、こちらのことはどうぞお任せください。気兼ねなく、清々とお楽しみになられてきて下さいね」 にっこりと、口元がわざとらしくしか笑っていない真鍋の顔。しかも吐かれる言葉は明らかな嫌味だ。 やっぱり聞こえてたんじゃん…。 スッ、とエスコートのために開けられた後部座席のドアをくぐりながら、俺は無駄に緊張を強いられる羽目になっていた。

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