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第351話

ーー んーっ、美味しい! どれもこれも、頬っぺたが落ちそうなほど美味しい料理に、俺の顔は自然と緩んだ。 ーーこのお刺身、最高です。こっちの天ぷらもサックサク! ねっ、ねっ?と、火宮に向かって一生懸命アピールする。 あぁ、どうしてこの感動を、俺は声にできないんだろう。 「ククッ、美味いか。それは良かった。ほら、俺のもやろうか?」 好きなのを取れ、と笑う火宮には、俺の言いたいことはちゃんと伝わっているみたいだけど…。 しゃべりたいな。 だってやっぱり、声のトーンとか大きさとかでさ、もっと伝わることは多いと思うから。 なのになんで、俺の声は戻ってくれないんだろう。 こんなに話したいのに。もうあの時の傷は、とっくに癒えているのに。 そっと喉に手を当てて、思わずギリッと奥歯を軋ませてしまった俺に、火宮の柔らかい微笑が向いた。 「焦るな、翼」 でも…。 「先生も、焦りやストレスが余計に悪いと言っていただろう?」 そうだけど…。あの人、外科が専門で、精神科は専門外だって。 ーーっ、俺、このまま一生話せなかったら、どうしよう。 急に、不安が襲って、恐怖に身体が震えた。 「翼」 っ…。 「翼、案ずるな」 っ、そんな、優しい優しい慈しみの笑顔。 「おまえの声は、必ず戻る」 そんな風に自信たっぷりに、確信的に言われたら、なんかそんな気がしてくるから不思議だよね。 「それに俺は、おまえの言いたいことも、伝えたいこともすべて、分かってやれる」 そうだね、確かにあなたは、たとえ俺に声がなくても、俺を間違いなく理解してくれる。 「だからおまえは、何も心配せず、おまえらしくいればいい」 っ、そんな、全肯定。 世界にどれだけ敵が満ちても、たった1人、あなたが必ず。 どんな俺でも、味方でいてくれるから。 ーーも、ほんと、敵わないです。 失いかけた自信が、一瞬で昇華されちゃうんだもんね。 あなたさえいれば、他には何も、なんて狭いことは言わないけれど、あなたがいるから、他の何を失っても俺は、真っ直ぐ強く立っていられる。 ーー好き。大好き。 ぶわっと溢れた想いは、温かい、しょっぱい雫となって流れ出す。 「ククッ、それに俺がいれば、真鍋も池田も浜崎も…みんなおまえの後ろにつく」 そっ、か。あなたを慕うその人たちは、俺のことも同じように、とても大事にしてくれる。 俺がすごいわけじゃないけど、あなたが持つその力はとても心強い。 「だからおまえは、どんと構えてろ」 はい。 たくさんの味方と、たった1人の何より大切な人。 声を失くした俺の手に、残っているものの方がずっと多い。 「クッ、まぁおまえの嬌声を聞けないのは、かなり寂しいがな」 なっ…ちょっと真面目な話をしていたかと思えば、すぐこれだ。 『そういうことを言うんなら、俺はずーっと声が出なくていいです』 ふんっだ。それで火宮さんは、ずっと残念がっていればいい。 「ククッ、まぁそれでも、おまえの顔と目と身体が正直だから十分か」 っな! この人はぁぁっ。 やり込めたと思った矢先に、さらに恥ずかしい切り返しとか。 本当、どS、意地悪、バカ火宮! 「ほら、な?」 ニヤリ、と妖しく吊り上がったその口元は…。 「減らない目には、仕置きだな」 バラバラと、どこから出した、そのアダルトなグッズたちは。 減らず口なら聞くけど、減らない目って…。 「まぁ、まずは食事の続きからだ」 お楽しみはその後で、と、優雅に箸を操る火宮だけれど。 っ、そんなものを目につく畳の上に散らかされたまま、平然と食事なんて。 俺にできるかっ! 『もう本当、意地悪っ』 「ククッ、好きなくせに」 この人はぁっ。 でもはっきり否定できない俺も、まったくなんなんだろうね…。 半ばヤケクソで、パクンと口に運んだ高級そうなお肉が、蕩けるように美味しかった。

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