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第359話

あぁ、腰が重い。 眠い。怠い。 朝から盛大な三拍子の揃った身体の不快感に、俺はリビングのソファーに埋もれてグズグズと不貞腐れていた。 「自分はすっきりした顔で出勤して行ってー」 今日は早出の大事な打ち合わせがあるとかで、すでに部屋にはいない火宮に向かって悪態をつく。 「あー、もう、俺は休んでやるっ。今日は絶対に学校なんて行くもんかっ」 昨夜、1日ぶりの我が家のベッドで、声が戻った祝いと、暴言の仕置きにと、かなりしつこく抱かれて、俺の身体はクタクタだ。 「せっかく戻った声も、喘ぎ枯れとか、笑えない」 わずかに掠れる感のある声の訳なんて、もう思い出したくもない。 はぁぁっ、と溜息を吐きながら、ソファに倒れていたら、ふと頭上に影がさした。 「っ?!」 驚いて上げた顔は、一瞬で引きつった。 「ま、なべ、さん?」 にこりと微笑んで、「おはようございます」なんて朗らかに挨拶している真鍋の、目だけがどうにも笑っていない。 「いつからそこに…」 「『もう、俺は休んでやるっ。今日は絶対に学校なんて行くもんかっ』からですかね」 「っーー!」 それ、1番聞かれちゃダメなやつ! ダラダラと冷や汗をかきながら、俺はそろりと身体を起こした。 「どうやら本日は、学校をおさぼりになられるようで」 にっこりと、口元はちゃんと弧を描いているのに、目だけが鋭い。 まったくどんな器用な表情筋だ。 「っ、いや、だって、こんなコンディションで登校したら、むしろ居眠りとかぼんやりとかで先生に怒られる…」 だったら病欠だってなんだっていい。 適当な理由をつけて、休ませてくれた方が、火宮の名前が傷つかないよ? 屁理屈なのは分かっているけど、希望的観測を込めて見上げた、鬼様の反応は…。 「私に学校へ偽りの欠席連絡を入れろ、ということですか」 「っ…」 まぁそうなる、っていうか、連絡くらいなら自分で…。 「でしたらそれなりの代償はお覚悟の上ですね?」 「あ、う…」 まぁ、火宮にお仕置き宣言された時点で、今日は起き上がれないだろうって、少しは諦めもあったけど。 「おさぼりになられた分は、私がみっちりとしごかせていただきますので」 あー、それは罰も込みのってやつか…。 「はぁっ」 こんなの、火宮も同罪なのに。 俺だけ怒られるのとか、納得がいかない。 だけど、このダルい身体で登校しなくていいんなら、もうなんだっていいや。 「分かりました。じゃぁ学校に休むって連絡…」 「もう入れてあります」 「は?」 「声がお戻りなられた旨と、通院のためお休みすると、担任の先生にはお伝え致しました」 え。ちょっと待て。じゃぁさっきまでの会話は一体…。 「初めから休ませてくれるつもりだったんなら、いらなくないですかっ?!」 あんな脅しじみた会話。 「学校をお休みさせるというのは、会長のご指示ですので。ですが、ただサボらせるのは、今後に味を占められても困りますので」 この人は…。 だからしらっと脅しも厭わないって? さすが、火宮以上のどS様だ。 「っーー!だったら!そちらの会長さんにっ、翌日に差し支えるような無茶な抱き方をするなって、進言すべきですっ」 半分は火宮のせいでもあるんだからね。 「翼さんが暴言を吐かれて、会長から仕置きを受けなければいいだけの話です」 「っ…」 ああ言えばこう言う。 「あぁ、暴言と言えば。声のご復活、おめでとうございます」 「へ…?」 今ッ?! この人がなんだか分からなくなってきた。 だけどとりあえず、俺は多分、全力で遊ばれている。 「っ、ありがとうございますっ!」 嫌味ったらしく、怒鳴るように礼を言えば、ふっ、と可笑しそうに鼻を鳴らされた。 「そうしましたら、本日はまず医者に行き、検査等を済ませていただきます。その後、ご帰宅なされましたら、次はマンツーマンで勉強ということで」 早く着替えて来なさい、って…。 「ほ、本気でやるんですか?」 「体調不良というのは、ただの抱かれ疲れでしょう?それは仮病です」 にっこりと、口だけ微笑む真鍋に、逆らう術を俺は持たなかった。 そうして結局、病院に引きずられていった俺は、検査の結果、声帯等もきちんと機能していて、声に関しては、やはりメンタルの問題で、もう心配ないだろうといわれた。 その後、昼食を済ませて、帰宅した俺がどうなったかって…。 定規片手に目を光らせる真鍋の傍らで、今日の日課表にある教科全部を、それぞれ50分ずつ。 みっちりたっぷり、スパルタ授業されたのは、言うまでもない。

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