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第360話

「はよ!つー、声、戻ったって?」 翌朝。登校1番、元気よくタクトが駆け寄ってきた。 「あ、おはよう。へへ、この通り」 「そうそう!こんな声!よかったな、おめでとう」 「うん、ありがとう。それから、たくさん心配や迷惑もかけて…」 ごめん、と続けようとした言葉は、ガシッと肩を組み、髪をクシャクシャに撫でてきたタクトの行動で途切れた。 「っ…」 「よかった。本当に良かった」 「タクト…」 その先は言いっこなし、と伝わる思いが温かい。 「うん。本当にありがとう」 えへへ、と笑い声を漏らしてしまった俺は、ふとすぐ横を通り掛かった人の気配に気づいた。 「………?」 その人物は何故か、俺たちの横を通り過ぎようとせずに、何故かその場で立ち止まった。 「え?」 「よぉ、翼。それ、浮気?」 ピッ、と俺とタクトを指差して笑っていたのは、豊峰だった。 「はぁっ?」 「お、マジで声出てんじゃん」 「あー、うん。じゃなくって、藍くん、浮気って」 にぃっ、と悪い顔をしている豊峰は、何を言っているのか。 「だぁって、木村にくっつかれてデレデレして」 「でれっ…」 「木村、おまえも翼に遠慮なくくっ付いてるけど、こいつのオトコは怖ぇぞー」 いひひ、と冗談めかして揶揄う豊峰に、何故かタクトはますます身体を寄せてきた。 「つーが選んだ人が、友人にまでそんな狭量なわけがねーだろ」 「っ…それが」 平気、平気、と笑うタクトだけど、火宮の、こと嫉妬と独占欲に関しての心の狭さは、針の穴並みだと思う。 「ん?つー?」 「あはっ。ははは、まぁ、これくらいのことで、そうそう危害を加えるようなことはないとは思うけど、断言できないところもな…」 「はぁ?マジで?」 「あは。だから、体育祭とか、もし火宮さんが見に来るような行事のときは、俺に触らない方が身のためかも」 それは同時に俺の身のためでもある。 「マジかー。どんな男だよ。なぁ、体育祭、来たら紹介してよ」 興味津々で、「見たい!」と騒ぐタクトに、曖昧に微笑もうとしたところに、ふと、リカたちが集まってきた。 「聞いーちゃった」 「うわ、リカ。なんだよ」 「ふふん、つーちゃんのカレシさん、体育祭に来るの?」 「え?」 あぁ、タクトがそんなようなことを言っていたからか。 ずいっと会話に割り込んできたリカが、にっこり笑ってこちらを見た。 「じゃぁじゃぁ、あの美形様も来る?」 「へっ?」 あの美形様、というのは、真鍋のことか。いやでもそもそも、火宮が来るかどうかも、俺はまだはっきり聞いたわけじゃないけど…。 「ねっ、ねっ、ぜひ呼んでよー。それで、あわよくば、つーちゃんのお友達です、ってご挨拶なんかできれば…」 キャァ!やばい!最高!とテンション高く騒いでるリカに、唖然となってしまう。 「ねっ?あっ、そういえばつーちゃん、声治ったんだねー、おめでとう」 「あ、うん、ありがとう」 「で、で、美形様の話なんだけどっ」 「あ、いや、まだ来るかどうかは…」 分からない、とは言わせてもらえず。 「だって、幹部だかなんだかなんでしょ?つーちゃんのカレシさんの片腕的な?ならカレシさんが来たら、きっと来るよね!」 期待に目をキラキラ輝かせるリカに、気圧されて言葉が詰まる。 「やばいー。体育祭、超楽しみになったんだけど!マジ張り切るかんね。優勝するぞー!」 美形様にいいところを見せるんだ、と、俄然張り切り出したリカを見ながら、俺はコソコソとその場を離れる。 「はぁっ。なんか、体育祭、波乱の予感…」 「ははっ、あの様子じゃ、会長サンの方を見た瞬間、そっちにも食いつきかねねぇしな」 幹部サマより美形だろ、と笑う豊峰も、いつの間にかリカたちの側から抜け出して来ていたらしい。 「なに?つーのカレシさん、そんなにイケメン?あの幹部さんより?」 どひゃー、ますます楽しみ、と、やっぱり抜け出てきたらしいタクトが呑気に笑う。 「なんか今から胃が痛い」 ははは、と乾いた笑いしか出てこない俺の向こうで、リカたちはクラスメイトを巻き込んで、「今から作戦会議するよ!」「放課後はバトン練習だからねっ!」などと、激しく盛り上がっていた。

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