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第361話

それから数日後。清々しく晴れた、絶好の体育祭日和、体育祭当日。 俺は朝から委員の仕事やら何やらで、バタバタと忙しく駆け回っていた。 「つー!これ、こっちでいい?」 「あー、うん、ありがと。そこでおっけー」 「火宮くん、これはどこに置く?」 「あ、えっと、応援席」 「了解」 次から次へと掛かる声に答えながら、自分の係の仕事もこなす。 そんな俺が、ようやく落ち着けたのは、もう開会式まで、後数分という頃だった。 「翼。おい、翼」 ふと、仕事を終えて席に着こうとしていた俺を、豊峰が呼び止めてきた。 「ん?」 「見ろよ、あれ。あそこ」 肩に手を掛け、クイッと顎をしゃくって示される先には、キャァキャァと甲高い悲鳴が上がる人だかり。 「っ!」 そちらに目を向けた俺は、その集団が何を見て騒いでいるのかに気づき、ドキリと鼓動を跳ねさせた。 「マジで来てんぞ、あのお方」 すげぇな、と笑っている豊峰が、ポンポンと肩を叩いてくる。 「本当、愛されちゃってマスねー、翼クンは」 ニヤニヤと楽しげに揶揄ってくる豊峰だけど、本当、俺もどうかとは思っている。 「高校生にもなって、保護者が参観なんて、みんなしないんじゃない、って言ったんだけどね」 「まぁ翼んとこは恋人だし?アリじゃね?」 「………」 「なに」 思わず黙ってしまったのにはわけがある。 「火宮さんと同じこと言うから」 「は?」 「俺は保護者じゃなくて恋人だ。恋人が恋人の学校生活を見られるチャンスを活かして何が悪い、ってね」 火宮の言葉を教えてあげたら、豊峰の顔が微妙に嫌そうに歪んだ。 「まぁでも、他にも意外と外部の見学者がいて良かったよ」 「あぁ、まぁな。うちの学校はスポンサーもゴロゴロいるし、大事な大事なご子息やご令嬢ってやつもかなり通ってるからな。そりゃ、一般的な高校よりは、保護者が見に来る、見に来る」 だから火宮が来ても目立たない…はずが。 まぁものの見事に女子たちに騒がれ、しっかり悪目立ちしている。 「お、俺、他人のふりして、知らんぷりしてようかな…」 とてもじゃないけど、あの囲まれて騒がれている火宮たちと、関わりがあると気付かれたくない。 ここで知人だなんて知れようものなら、あの騒ぎに巻き込まれることは間違いないだろうから。 「紹介して攻撃とか、嫉妬とか羨望とか、質問責めに晒されるのがオチだよね…」 「まぁなー。でも無視したら無視したで、おっかなくねぇ?あの会長サン」 まぁそれはそうなんだけど。 「向こうに気付かれないうちに席に…」 クルッ、と火宮たちに背を向けて、豊峰の腕を掴んで自分の応援席に向かおうとした俺は…。 「っ!」 背中に鋭い視線を感じて、タラリと嫌な汗を伝わせた。 「やば…。バレてる」 ギクリとしたまま振り返れない俺に、豊峰が苦笑する。 「ま、無理だろうな。見逃してくれるタマかよ」 ヤクザの頭よ?と呟く豊峰が、スルリと俺の手を解く。 「ま、待って。1人にしないで」 思わず引き止めた俺を、豊峰がすごく嫌そうな顔で見た。 「いやいやいや、俺だってあのお方は怖ぇよ。ちょっ、縋んなって!」 「だって…」 火宮に気付きながら、知らんぷりして行ってしまおうとしたなどというのは、マズイことこの上ない。 ここで豊峰を逃して、俺1人で対処できる気がしない。 「だぁっ、翼。おまえに縋られると、俺もまじーけど、翼もやべぇんじゃねぇのかよっ?」 「あ…」 そうだった。 常日頃から、俺が火宮以外の男に頼ったり触れたりすることを非常に厭う独占欲の塊男を忘れてた。 「やっばい…」 そっと豊峰の腕から手を離し、そぉっとそぉっと振り返った人だかりの向こうで。 「ひぃっ!」 火宮がにっこりと、口元しか笑っていない、サディスティックで妖しい笑みを浮かべていた。

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