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第362話

「っ!」 初っ端から、そんな波乱の幕開けとなった体育祭。 すでにやらかした感をひしひしと感じながらも、開会式の集合時間となってしまい、俺は火宮に会わずに集合場所へ向かった。 火宮も無理矢理側に来ることはなく、けれども開会式の間中、ピリピリとした嫌な視線を肌に感じていた。 「ぷぷ、翼。顔、顔」 開会式が終わり、戻ってきた応援席で、豊峰が、俺の顔を覗き込んで笑った。 「顔?」 「すげぇ引きつってんぞ」 「あー…」 それはそうだ。 だってさっきからずっと、火宮の視線を感じっ放しなんだ。 そのくせ近づいてくることはせず、声を掛けても来ないけれど、ジッと俺を見ていることだけは感じる。 いっそ文句の1つでも言いに来てくれれば、諦めもつくのに。 だからといって、こちらから参観者エリアに行く気にもなれず。 「生殺し」 「でも怒ってる風には見えねぇぞ?」 「表面に出さないところが怖いんじゃない」 そういう芸当をサラッとできちゃう人なんだから。 「まぁさすがはヤクザのトップか?それより問題は……」 「問題?」 「ほら来た」 「え?」 なんのことだと首を傾げたところに、キャッキャとした明るい声が掛かった。 「つ、ば、さ、くーん」 「うぇ、リカ」 1つ目の競技を終えたらしいリカが、応援席へと戻って来ていた。 「うぇ、って失礼じゃない?私の勇姿、見ててくれた?」 「あー、うん、すごかったー」 視界の端に映っていた、女子たちが砂埃を上げて、タイヤを取り合っている姿は見えていたけど、どこにリカがいたのかはわからない。 「その感情のまったく篭ってない声。いっそ清々しいわ。いいけど、それより、あ、そ、こ」 ふふ、と悪戯っぽく笑うリカの示す先には、当然のように火宮の姿がある。 「聞くまでもないんだけど、あれがカレシさん?」 聞くまでもないと言いながら、確信的に聞いてくるのはどうなんだ。 「他人。って言いたいけど、当たり」 真鍋の姿がないから、誤魔化そうと思えば出来ないこともないだろうけど、リカにはきっと無駄だ。 「やっぱりね。本当にあの美形様と張るねー。美形様がクールなキレイ系の美人で、つーちゃんのカレシさんは、かんっぺきに整った男前のイケメン。やばい、2人揃ったところが見てみたい。で、今日は美形様は?」 「あー?」 「来ないなんて言わないよね?」 ずいっ、と詰め寄ってくるリカから、同じだけ上半身を逸らして逃げる。 「つーちゃん?」 「来る!来るよ、昼頃、昼ご飯持って」 あぁこの情報は与えたくなかった。 だけどこれ以上迫られると、俺の身もリカの身もやばいから。 ホールドアップで叫ぶように吐き出した俺に、リカの顔がそれはそれは綺麗に笑みを浮かべた。 「じゃぁ昼休憩、押し掛けるから!紹介して」 目を完全にハートマークにしてキラキラ輝かせているリカに、頷く以外の選択肢を持たせてもらえなかった。 「じゃぁよろしく!」なんて言い置いて、次の競技に向かうらしいリカを見送って、盛大なため息が漏れる。 「まぁなんだ。ご愁傷様」 「他人事だと思ってー」 ポン、なんて肩を叩いて慰めてくれる豊峰だけど、無責任なことこの上ない。 「まぁな。ほら、翼。俺らも入場門に行くぞ」 「あ、全員リレー…」 クラス対抗の全員リレー。プログラムに書かれた2つ後の競技名を見て、俺はまたリカが張り切っているんだろうな、と思いながらも、ダラダラと席を立った。

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