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あの夏の夕方
あの夏の夕方。
コンビニに出かけようとしたあの瞬間。
落ちたのはオレだったのか、それとも、遠くでなっていた雷か。
グループでの外出で、気合を入れて服を選んだ結果、なんとなくいいなと思っていた女の子と、ちょっといい感じで話ができた。
ラインのキレイ目のシャツと、クロップドパンツに歩きやすさで選んだサンダル。
よしよし、幸先いいぞなんて、うひひと怪しく思い出し笑いなんてしながら、上機嫌で家に帰る。
帰ってきた瞬間に買い物を頼まれて、ちょっとむっとした。
けど、機嫌がよかったし、コンビニはすぐそこだし、雨が降る前には帰れるだろうと、引き受けた。
雷の音が近づいてきた気がして、慌てて家の門を出る。
別に何があったわけじゃない。
すとん、と足元が抜けた。
「え?」
オレになにかチート能力があったのか。
誰かがオレを呼んだのか。
「ぅえええええええ?!」
そんなことはわからないけれど、オレは、あの日からここにいる。
異世界トリップ。
見知らぬ場所に立ち尽くしていた時に、浮かんだのはその言葉だった。
見た目可愛いのに残念な趣味を持つ妹が、ずらりと本棚に並べていた本のなかにそんな内容がいくつかあった。
そうか。
オレは世界を渡ったのか。
妙に冷静にそう思った気がしたけれど、多分その時点で大いにパニくっていたんだろうと思う。
だってそのあとしばらくのことは、カスミがかかったように朧気にしか思い出せない。
テンプレかよといいたくなるくらいにわかりやすく、剣と魔法が生きていて魔物がいて、世界のどこかには魔王がいるらしい。
オレの感覚でいうと、ヨーロッパの百年戦争あたりの感じ。
それかあれだよ、Dのつく超有名なRPG。
オレはギルドに拾われた。
オレの名前を正確に呼ぶこともできない、お人好しなギルドマスターのトバを保護者に得た。
言葉はわかった。
妹の趣味のおかげで、無駄に持っていた知識をもとに、オレは交渉を繰り返した。
科学の知識を対価に、ねぐらと日々の糧を手にできた。
幼稚園児のころから十五年、趣味で続けていた剣道をいかして、冒険者になった。
騎士団なんてかたいところに勤めているくせに、どこの誰ともわからないオレを、誰よりも大事にしてくれるサファテっていうオレの男もできた。
男の恋人が男っていうのはこっちでは珍しくないとかで、そうなればもう、世界超える以上に怖いことないんじゃね? って、若干やさぐれてたオレは、同性っていう壁を軽々の乗り越えた。
そうはいっても、まだ清い関係だけどな。
サファテはオレを大事にしてくれる。
この世界で戸惑うオレを受け止めて、性別で悩むオレを待つといって、この世界の男では珍しいほど華奢なオレを抱くのが怖いのだという。
オレはそこそこ安定して楽しくて、満たされた生活を送っていると思う。
だけどオレはまだ、あの夏のまま、ここにいる。
そんな気がする。
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